蝶~夢境の鳥かご~

 ダンケッドには兄がいる。
 その兄ルッツは母親が中流階級出身の妾だ。そのため血筋的にはダンケッドに劣る。
 ちなみに弟妹も数人以上いるのだが、今のところ後継者はルッツとダンケッドに絞られている。
 ダンケッドが母の相手を終えて部屋を出ると書類片手に歩いてくる兄に会った。兄は焦げ茶色の髪と生真面目そうな風貌をした長身で痩せ型の男性だ。母親が容姿に優れた女性であるため、兄もなかなか整った顔立ちをしている。

「お帰り、ダンケッド」
「ああ、ただいま」

ダンケッドが十代半ばで軍に入り、実家を出てしまった為、歳の近い長兄は十代から後継者として生きている。
 
『バルドイーン王子がダンケッドをお嫁さんにするとおっしゃっているのよ』

 ダンケッドが幼い頃からダンケッド母がコロコロと笑いながら話していたものだから 、父もダンケッドが王家に嫁ぐ可能性を考えていたらしい。そしてそのことはこの家にとって悪いことにはならないため、万が一ダンケッドが王家に嫁いだ時のことを考えて、他の子供も後継者教育を受けることとなった。そのためこの兄や弟妹たちも一通りの教育を受けて育っている。その結果、この長兄が一番才能豊かに育った。兄弟順の方が揉めにくいため、現在のところ長兄ルッツが後継者の第一候補だ。

「黒将軍就任おめでとう」
「……ありがとう……」

 思わず溜息を吐くとルッツは片眉を上げた。

「どうした?嬉しくなさそうに見えるが何かあったか?」

 ルッツとダンケッドは年齢が近い。半年しか違わないのだ。
 正妻の子と妾の子という血筋の差があるため乳母や側用人は別々だったが、大貴族の子供同士、それなりに遊んだ記憶がある。何しろ広い邸内に子供の数は限られている。自分と兄とそして乳母の子供たち。それぐらいしか子供はいなかったため、必然的に一緒に遊ぶ機会は多かった。他の弟妹とは少し年齢差があるのだ。そのため、ルッツとダンケッドは仲が良い。 ルッツは明らかな血筋の差があるため、ダンケッドに多少引け目を感じているようだがダンケッドはルッツの存在をありがたく思っている。面倒な実家を継いでくれるというのだ。こんな重荷を背負ってくれるのだからありがたいばかりだ。

「出世したくなかった……」
「ハア?黒将軍だぞ?上には国王しかいないんだぞ。ある意味父上と同じような立場に自力で登りつめたんだぞ。充分に誇っていいことだと思うが」
「……ずっとノースの側近でいたかった……」

 そしたら面倒がなくてよかったのにという心の声はさすがに口に出さなかったが、ルッツは『そんなにあの知将のことを気に入っていたのか』と意外そうに言ってくれた。勝手にそう解釈してくれたらしい。

「そろそろ結婚退職を考えている」
「何を馬鹿なことを。これほどの地位を簡単に投げ出すなど責任感がなさすぎだ。しっかりと職を全うしろ。黒将軍という地位の重さをよく考えろ」

 至極真っ当に怒られてしまった。

「だがお前が嫁いだら次代の王はバルドイーン様になるな」
「ベルンスト様の方が有力だと聞いているが……」
「お前が嫁いだらバルドイーン様だ。軍を掌握しやすくなるからな。オマケに当家の後ろ盾もある。つまり勢力図が変わる」

 何て面倒くさいんだとダンケッドは内心ウンザリした。それは望んでいなかったことだ。
 ただの王族の嫁なら日々のんびりと骨董品を眺めていられるだろうが、これが国王の嫁となると話が違ってくる。何しろ王妃となるからいろいろと面倒事が発生しそうだ。

「……俺は妾ぐらいでいいんだが……」
「謙虚なことだな。だがお前の血で正妃じゃないとはあり得ん」

 それはそうだろう。ダンケッドの両親は国内有数の上流貴族の出身だ。父だけでなく母の血もいいのだから正妃じゃないとはあり得ない。ダンケッドが嫁ぐとなると父方も母方も総力を挙げてバックアップしてくれるだろう。つまり国内有数の大貴族の後ろ盾が二つあるようなものだ。そしてバルドイーンもダンケッドを妾などにしないだろう。彼はダンケッドを正妃にすると子供の頃から言い続けている。
 ダンケッドは王妃になどなりたくはない。出来れば他の王子が後継者となってほしいところなのだが……。

「……もうあのお二人で確定なのか?」
「当然だろう」

 現国王バロジスクには十名以上の子がいるが、今のところ後継者と目されているのは第一王子バルドイーンと第二王子ベルンストだ。この二人が血筋的にも実績的にも他の王子王女を大きく引き離している。
 そしてこの兄弟は異母兄弟だが仲がいい。争うより協力し合う方を選んだようなのだ。

『政敵が多いから協力し合うことにしたんだ』

とバルドイーン。そしてどちらが王位を継いでも共に国を守っていこうと話しているのだという。
 異母兄弟、それも王族でありながらそういう風に手を組めるのは珍しいなと思ったダンケッドだったがこうなると面倒だ。どうせなら王位から遠く離れた王子であってくれた方がよかった。その方がノンビリと日々を過ごすことが出来ただろうに。

「優秀過ぎるのも問題だな……」
「さっきから何を言っているんだお前は?」

 長兄に怪訝そうに問われてしまったがまさか『面倒くさいから王位についてほしくないんです』とは言えない。言葉を濁しつつ溜息を吐くダンケッドであった。