蝶~夢境の鳥かご~
「今日でお別れです、兄上」
ダンケッドは今年十八歳になる弟に別れの挨拶を受けた。嫁ぐらしい。
ダンケッドとは十歳以上離れたこの異母弟は、父の妾が産んだ子だ。ダンケッドにはそういう弟妹が幾人かいる。だがダンケッドにはそれらの弟妹との思い出がほとんどない。十代半ばで軍に入ったダンケッドはその時点で家を出た。そのため当時幼かったこの弟とはほとんど関わりがなかったのだ。
そしてこの異母弟の母は下級貴族の生まれのはずだ。つまり上流階級出身の母を持つダンケッドとは明らかな血筋の差がある。貴族世界では血筋が大きな意味合いを持つ。そのため弟妹はダンケッドに大きな引け目を感じているようだ。兄とはいえ、ほとんど交流のないダンケッドに対し、わざわざ挨拶に来たのもそのためだろう。ダンケッドが帰宅していると聞いてわざわざ部屋へやってきたのだ。
「そなたの幸福を祈る」
「ありがとうございます。兄上のご健勝をお祈り申し上げます」
丁寧に一礼すると異母弟は部屋を出て行った。あっさりとしたやり取りだがほとんど交流がなかった弟だ。こんなものだろうとダンケッドは思う。恐らくダンケッドはあの弟が挨拶なしに嫁いだとしても何も思わなかっただろう。今までその程度の付き合いしかなかったからだ。
挨拶に来た弟は国内の貴族に嫁ぐらしい。家格はそこそこらしいが正妻扱いらしいから嫁ぎ先では大切に扱ってもらえるだろう。何しろ実家が大貴族だ。
他にも弟妹がいるが、どの弟妹も嫁ぐ予定だと聞いている。つまりこの家の後継者は兄かダンケッドで確定だということだ。しかしダンケッドは当然だろうと思い、父の考えに異を唱えるつもりはない。兄はちゃんと後継者としての務めを果たしているし、それだけの実力を備えている。ならば他に後継者はいらないのだ。
ただ、兄は必要以上に血筋を気にしている。ダンケッドが嫁がなかった場合、この家に自分の立場がなくなるからだろう。だがダンケッドは後継者になりたくないため、嫁ぐ気満々だ。目指すは正妻、母のように遊んで暮らせる生活なのだ。
『このような大貴族の跡継ぎなどなってたまるか。面倒くさい』
そう考えるダンケッドはその大貴族の長と同じぐらい面倒で厄介な『黒将軍』という職に就いているという自覚が全くないのであった。