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◆震天の腕輪(しんてんのうでわ)(11)


報告を受けた父は案の定、大きなショックを受けて寝込んでしまった。
元々、老齢であり、殆ど政務を行っていなかった父だ。
寝込まれても大きな変化はないが、期待の長男に死なれたことは、やはり気の毒に思う。
コンラッド自身は悲しむヒマもない有様だった。
元々、領地内は長兄とコンラッドで治めていたのだ。長兄が亡くなった今、指示を出せるのはコンラッドしかいない。ガルバドスが攻め込んでこようとしている今、嘆き悲しんでいるヒマなどないのだ。
そして次兄はというと

「俺はとっくに相続破棄してるんだよ」

公爵家を継ぐ気はない。そのため、とっくに相続権を破棄しているのだと告げた次兄にコンラッドは驚愕した。

「一体何を言われるのですか!」
「事実だ」

病床の父は肯定した。

「では、次の公爵はレナーテですか?」
「あの子は聡明だ。だが娘より優秀な者がいる以上、継がせる必要はない」

キッパリ言い切る。病に倒れても公爵は公爵であった。
三大公爵家の主として家を守ってきた老当主はコンラッドを見据えて告げた。

「コンラッド、そなたにこの家を譲る」
「ですが私は……!」
「そなただ。闇の印だろうが何だろうが構わぬ。印の種類ごときで揺らぐほど、この家は脆いか?クルツが当主につき、そなたがそれを支えていくのであればそれが最善だと思っていた。だがクルツがいない今、家を守れるのはそなたしかおらぬ。そなたがこの地を守るのだ」

闇の印を『印の種類ごとき』と言い切る度胸と判断力。さすがは大公爵家の当主であった。
ちらりと次兄を見ると次兄はにやりと笑み、頷いた。

「俺は今まで通り、好きに遊ばせてもらえればそれでいい。お前の邪魔はしねえよ」
「判りました。ですが、オモチャを壊すのは、ほどほどにお願い致しますよ」

コンラッドは寝台の父に向き直ると頭を下げた。

「謹んでお受け致します」


++++++++++


コンラッドが次期領主として指名されたことはすぐに近隣の領主らに伝達の早馬が走った。

「坊ちゃま、領主軍はいかがなさいますか?」

問うてきたのはコンラッドの乳兄弟ライティンだ。
領主軍は長兄クルツがトップに立っていた。それを継ぐのかと問われているのだと悟ったコンラッドは首を横に振った。

「私は軍を動かす知識がない。戦場のことは戦場のスペシャリストに。将軍らに任せるつもりだ」
「さっすがコンラッド様、話が分かる。そういうとこ大好きだぜ」
「そうか、ありがとう。判ったらとっとと伝令を呼べ」
「御意!」

「領主軍はゼノン将軍を総責任者とし、彼の指揮下に入れ。副責任者はラーネ将軍とする。近隣の領主軍は支配下におけ。だがバール騎士団とはあくまでも協力者として戦え。支配下には入るな。当家はバール騎士団の下にはつかん。だがガルバドスを排除するのが最優先だ。状況に応じて臨機応変に協力し合って戦え。無理はするなと伝えよ」
「御意!」

嬉しげに返答して飛び出していく伝令を見送り、コンラッドは小さくため息をついた。
近隣の領主らにも指示は出し終えた。彼らはディガルド公爵家の領主軍と力を合わせて戦ってくれるだろう。これで出来る限りのことは行った。
一段落ついたところで脳裏に浮かんだのは、解放した奴隷のことだ。
ガルバドスの将軍だった彼は戦線に復帰したのだろうか。
敵と味方に分かれた今、再会することはないだろう。
戦場に出れば可能性はあるかもしれない。しかし、近日中に大貴族の領主となるコンラッドは戦場に出るつもりがない。足手まといになることが判っているからだ。

(生きろ、フリッツ。お前が手にした命はお前がつかみ取った命なのだから)