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◆震天の腕輪(しんてんのうでわ)(12)


戦いは侵攻してきたガルバドス軍をウェリスタ軍が退けることで終了した。
勝敗はつかぬまま、痛み分けというところだ。
生還してきた乳兄弟の弟レイティンには、コンラッドの判断を感謝していると告げられた。
長兄クルツは無知のまま、無茶な作戦ばかり指示していたため、将軍らには煙たがられていたらしい。バール騎士団にも非常に迷惑されていたそうだ。
そこへ後を継いだコンラッドが指揮権を委ねてきたので、将軍らは喜んだらしい。スムーズにまともな作戦を実行できたという。
長兄の死は悲しいことだが、その死によって戦いには勝利することができたのだ。

(あとは葬儀…そして継承式か)

戦いが終わったとはいえ、まだまだ休む暇もない。
公爵家には弔問と次期公爵であるコンラッドへ機嫌伺いに来る客が続いている。
思った以上に周囲のコンラッドの印に関する反応は悪くなかった。どうやら、功績作りに必死な長兄クルツに辟易していたらしい。しかも次兄オーギュストは評判が最悪な人物だ。オーギュストが継ぐよりコンラッドの方が歓迎という流れになっているらしい。

「ユゲール家のヨハネス様がいらっしゃいました」
「通せ」

また次の客だ。当分はこれが続くだろう。
そして現れた次の客にコンラッドは軽く眉を上げた。
ヨハネスは10才以上年上の男でコンラッドとは年齢差がある。さほど親しくもなく、領地が近いというだけにすぎない。相手も儀礼的に挨拶へ来たのだろう。大領主への礼を欠くわけにはいかないからだ。

(死霊がいる)

ヨハネスは若い死霊を連れていた。女性だ。
死霊は薄く見えづらい。死んでから長い時間が経っているのだろう。しかし生への強い未練が感じられる。何らかの事情があり、未練を残しているのだろう。そういった霊はまれに見られる。
霊に気づいたのか、若い男の姿をした死霊ヘラルドの方が壁を通り抜けてやってきた。

『赤子を捜しているらしい。死に別れたようだな。我が子への未練を残す母親というものは多い。生まれたばかりの赤子であれば尚更だろう』

ヨハネスと表向き、何気ない会話をしつつ、コンラッドは内心納得した。
ヘラルドは女性と何やら話をしている。彷徨える霊を昇天させるのはヘラルドらの役目だ。
残った未練を消そうとしているのだろう。そうすれば彼らは自然と輪廻の輪へ戻って逝くのだ。

『こいつは驚いた。このレディ、北のサンダルス公爵家の夫人だ。赤子を実家で産んだ後、公爵家へ戻る途中、事故に遭ったらしい。しかし、もうずいぶん昔のことのようだな』

コンラッドは少し驚いた。

「ヨハネス殿。貴方のご家系にサンダルス家へ嫁いだ方がいらっしゃっただろうか」

唐突な問いに驚きつつもヨハネスは頷いた。

「ええ、姉が現公爵の兄君に嫁ぎました。貴族としては珍しく恋愛婚でしたね」
「確かお亡くなりになられたのでしたね」
「ええ、事故で。子を産んだばかりでした」
「御子も?」
「はい。新雪が積もる川沿いの道を通っている最中に雪で踏み外したらしい。馬車ごと河に真っ逆さまだったようです。なかなか深さのある河だった上、天候も悪く、捜索は難航しました。河に流されてしまい、見つからなかった者もでました」
「そうでしたか」

赤子は見つからなかったのだろう。それで母親は今も探して彷徨っているのだ。

『ダメだ、これ以上は会話にならない。まぁ悪しき霊ではないから害はないが…』

結局、説得はできなかったらしい。女性の霊は弟と共に去っていった。

「必要なら調べさせるが、かなり昔の話のようだからな…。しかし、惜しい。その赤子、生きていたら双子将軍のよき対抗馬となったろうに」

北の大公爵家サンダルスは軍門の家系だ。次期公爵と言われる双子将軍も若くして功績を立てている。
そしてユゲール家もまた軍門の家系だ。古き名門と言われ、幾人も将軍を輩出した家系と言われている。
その二つの血をひく者であれば、よき軍人となれたことだろう。

「しかしおかしな話だな。母親の霊が赤子の霊を見失うとは」
『母御が意識を失い、死ぬまで少し時間がかかったのだろう。赤子が即死、または河を流されて死んだのであれば、場所も離れてしまう。赤子のような綺麗な霊は未練もないため、すぐに昇天する。母御に見つけられなくても無理はない』
「なるほど」

そこへカリカリという音が響いた。バルコニーのある窓の前に黒猫がいる。
この黒猫は死霊が取り付いているが、猫としての本能も持っている。散歩にいくし、えさも食べるのだ。
窓を開けると黒猫が入ってきた。

「おかえり、セバ」
『お前の男だが』
「ん?」
『フリッツと言ったか。あの男の行方が判ったぞ。今回侵攻してきた軍には入っていなかったが、元々、青将軍であるため、戦場に出るも出ないも自由に選べる身のようだな。自国に戻り、休養中のようだ。
ヤツを助けに来たのは同僚の部下らしい。確認してみたが、逃亡ルートがなかなか獣道だった。おかげで全身真っ黒だ!』

お前は元々、真っ黒で獣じゃないか、とコンラッドは思ったが口に出さなかった。言えば文句を言われるに決まっている。

「手放したくなかったな」
『未練か?殺そうとしたくせに』
「あぁ。矛盾した未練が心に残る。私をここまで心残りにさせるのは彼だけだ」

そこへノック音が響き、妹レナーテが部屋へ入ってきた。

「お兄様、お茶にしましょう。良い紅茶が手に入ったのよ」

どんな兄よりもコンラッドが当主になってくれるのが嬉しいと言ってくれる妹とは、相変わらず良い関係を築けている。聡明な妹だ。嫁ぐまではコンラッドの良き力となってくれるだろう。
そんな妹は祝いに訪れる近隣領主の引き出物を物色して楽しんでいるようだ。今回の紅茶もその一品らしい。興味がないのでコンラッドも咎めることなく好きにさせている。

「そうだな」
「レモンはない方が良いのよね?」
「あぁ」

余った紅茶を狙う猫がいるから、とは言わずにコンラッドは上機嫌の妹を迎えた。
気兼ねない会話を出来るこの関係を楽しんでいるのはコンラッドも同じなのだ。

「あのね、お兄様。お兄様が助けた鍛冶師だけれど、恋人ができたみたいよ」
「ほぉ…」
「相手がバール騎士団の騎士みたいでね…」

また面白い情報だ。
あの鍛冶師がバールの騎士と結婚するのであれば、外出許可をだしてやってもいいかもしれない。
そんなことを思いつつ、妹の話に耳を傾けるコンラッドであった。

<END>
この話は伏線だらけのため、まだよく判らない部分も多いかもしれません。
紫竜と青竜シリーズの本編が進むに連れ、解明していくことになります。お楽しみに。