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◆震天の腕輪(しんてんのうでわ)(8)


コンラッドが生み出した刃はフリッツに届く前に霧散した。
驚愕したコンラッドの目の前に現れたのは、黒髪に細い眼の痩せた男であった。どうやらバルコニーから入ってきたらしい。
コンラッドの部屋は三階にある。ずいぶん身軽な男のようだ。
革製の肩当て、背には矢筒。慣れた様子で弓を引き絞っているその姿は戦い慣れた戦士であることを感じさせる。

「その男、放せ」
「ガルバドスの手の者か」

公爵家の奥深くまで入ってきたのだ。かなりの手練れだろう。戦い慣れていないコンラッドでは勝ち目は薄い。公爵家の秘宝アンリ・ブレスを使えば不可能ではないが、今はその機ではない。
しかも男は闇の印の使い手であった。彼の側には霊の姿がある。さきほど、負の刃を消したのもその力のようだ。霊の姿は四体。コンラッドはセバとヘラルドの二体しか持っていない。
無理をすれば戦えぬことはないが、勝機が薄い。コンラッドは両手を挙げた。チラッと寝台を振り返る。

「行け」
「嫌だ……」
「行け」
「コンラッド、行きたくない……」
「命令だ。彼と行け」
「……っ!!」

命令と言われれば逆らえぬことを知るコンラッドはわざとそう命じた。
次兄の調教により、コンラッドとオーギュストに逆らえぬフリッツは泣きそうな顔で躰を動かした。そして弓矢を構える男の方へ向かう。
コンラッドは壁際へ行くと、壁にかけられた剣を手に取り、フリッツへ放り投げた。
驚き顔で受け取るフリッツへコンラッドは告げた。

「持っていけ。印が封じられている今、武器がなければ戦えぬだろう」

フリッツが剣を手にしたのを見て、弓矢を構えた男の方は少し不思議そうにコンラッドを見た後、バルコニーの柵にかかったロープを手に取った。
なおも躊躇うフリッツに何かを囁き、男とフリッツはロープを使ってバルコニーを出て行った。

「早めに殺しておけばよかったのか……だが、ぎりぎりで生き延びた。それも彼の運なのだろうな」

心のどこかで安堵しているのも事実だ。
コンラッドは苦笑し、助けに来た男が呟いていた名を反芻した。
声は聞こえなかったが口元の動きを読んだのだ。

「アスターが待っている、か。ああいう部下を持つとは腕の良い将がいるらしい。さすがは軍事大国だ」