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◆震天の腕輪(しんてんのうでわ)(7)


数日後のことである。

「兄上方はやっかいごとばかり作ってくださる」

そうぼやいた三男坊は、奴隷をどこへやったのだと部屋へ怒鳴り込んできた次兄に用意していた書類を差し出した。

「あの奴隷は素性が悪すぎます、兄上。そろそろ足がつくところでしたよ。代わりのものを用意しておきました。よろしければこちらでお楽しみください」
「ほぉ、奴隷オークションの招待状か」

闇の商売は会員制になっていて、機密性が高い。
案の定、興味を示した次兄をそつなく部屋から追い出した三男坊は、奥の寝室で震える青年を見遣った。
フリッツという名のその奴隷はガルバドスの青将軍であったという経歴を持つ男だ。
珍しい緑暗色の髪、赤茶色の瞳を持つフリッツは容姿がいい。
軍人らしく体格がよく、体もよく筋肉がついていたようだが、今は次兄オーギュストの激しい調教により、だいぶ落ちている。しかし、引き締まった体躯は見事なものだ。
眼差しはかなり鋭く厳しい。将軍位にあったころは敵を震え上がらせただろう。雰囲気は一匹狼に見えなくもない。よく切れる刃のような冷たい容貌の男だ。
次兄は特にこのフリッツを厳しく調教したようだ。
食事は手を使わず、犬のように食べ、用を足すときも命じられてからしかしない。
精をはき出すのも命じられてから、服も命じられないと着ようとしない。
見た目にはとてもプライドが高く、エリート軍人に見える男がそのようにしつけられているのだ。

(本当に次兄上は、ろくなことをなさらない…)

やはり殺してしまおうか、とも思う。
腕の良い軍人であった男はそんな殺気も感じてしまうのだろう。びくりと体を震わせ、警戒するようにコンラッドを見つめる。
彼はオーギュストによく似た容姿を持つコンラッドに逆らえない。
しかし、殺気は判ってしまうのだろう。コンラッドがフリッツを殺そうかと考えるたびに警戒を露わにする。
フリッツだけは未だに首の枷を外していない。印を封じるためのものだから外さなかったのだ。

コンラッドが寝台へ近づき、首元を撫でるとフリッツは体を小さく震わせた。軍人らしく、相手の動きをよく見ている目が軽く伏せられる。
コンラッドと同じく二十代前半か半ばであろう青年は、若く体力がある男だ。当然性欲も強い。
しかもオーギュストによって快楽漬けにされた体だ。性欲は通常の男より遙かに強くなっている。
一方のコンラッドは次兄と違って、性欲の薄い男だ。はっきり言って性的なことに関心がない。

「コンラッド……」

ご主人様、と呼ばれることを嫌ったコンラッドのために、フリッツはコンラッドの名を呼び捨てにしている。コンラッドがそれでいい、と言ったからだ。
命じられるか許されなければ主に触れることができないフリッツは、いつも主の体に飢えている。
そんな主が触れてくるのは、フリッツにとって許しの合図だ。主はフリッツを抱くときしか触れてこようとしない。逆に言えば、触れられればヤれるのだ。飢えた体を満たすことができる。
淡泊な主のせいでフリッツの体はいつも飢えている。主が触れてくるときはいつも限界寸前だ。そのため、主に触れられると理性が吹き飛ぶ。獣のように主を求めてしまうのだ。
獣のような体位もどれほど恥ずかしい行為も、その最中は気にならない。
そして性欲が一旦落ち着いたときには羞恥と自己嫌悪で死にたくなるのもいつものパターンだ。

(俺はいつ殺されるのだろう)

フリッツは軍事大国ガルバドスで典型的なエリートコースを走った軍人だ。
士官学校を卒業し、よき功績を挙げ、順調に出世した人物なのだ。
そんなフリッツだ。当然、今自分が置かれている状況は判っている。
現状で、コンラッドがフリッツを生かしていて発生するメリットなど何もない。忠誠心のない敵国の将などデメリットの方があまりにも大きすぎるのだ。
フリッツに自害の意志はない。どうせならぎりぎりまであがこうと決めているからだ。
彼の母は苦労してフリッツを士官学校へ出してくれた。その恩を忘れてはいない。

昂ぶった股間を撫で上げられて、大きく体を震わせる。
それだけでは足りない。もっと奥に。強く体を突き上げて揺さぶって欲しい。
足りない、足りない、足りない。
次兄オーギュストの調教で自分から触れることは許されなかったため、フリッツは触れることができない。しかし、ねだることはできる。効果的に誘う方法はさんざん教え込まれた。
婀娜っぽく足を広げ、飢えてひくつく奥を見せようとしたフリッツは、肩を押さえつけられ、動きを封じられて目を細めた。
元々目つきが良くない男だ。目を細めるだけで酷く酷薄そうに見える。

「コンラッド?」

最中に動きを封じられたことでフリッツは不満げに相手の名を呟いた。色づく頬もぬれた唇も色情に染まっている。

「お前の国が侵攻してくる」

告げられた言葉にフリッツは思考を止めた。
一体何を言い出すのか。
今はそれよりもコンラッドの体が欲しい。
飢えた性欲は正直だ。しかし、わずかに残った理性が告げられた言葉の意味を考えようとしている。
何故、今、この時に言うのか。
結論は欲に染まった頭でも簡単に出た。

「俺を殺すのか」

火種になりかねない男など生かしておく必要がない。

「そうか。悪くない」
「何?」
「死にたくはない。苦労した母への恩を返していない。だが…お前に殺されるのは悪くない」

するりと言葉がこぼれ落ちた。
驚く相手に、そんな顔は初めて見たな、とフリッツは思った。

「ろくな生ではなかった。だが最後の最後でお前に会えた。未練はあるが…悪くない」

願わくは次の生ではお前の側に生まれたいものだ。
そう呟いて笑んだフリッツにコンラッドは黙り込んだ。


++++++++++


殺そうと思っていたのも確かだ。
しかし相手に好かれているとは思わなかった。好かれる理由がなかったからだ。
自分がやったことは兄の手から奪っただけだ。性奴隷としての立場は殆ど変化がなかったはずだ。違ったことと言えば、性癖ぐらいか。コンラッドは調教行為を好まないからだ。
それでも気が向くまま抱いた。性奴隷にしていたのは兄と同じだ。

殺すべきだ。
生かしていても徒にしかならない。
敵国の将だ。万が一、逃げおおせることでもあれば戦力を回復させてしまうことになる。

けして触れてくることがない相手。
それでも手を伸ばしてこちらから触れると嬉しげに体をすり寄せてくる。
もっとと言わんばかりに体を広げ、欲してくる。
完全に体のみの関係。
しかし死を覚悟しつつも愛してくれていたのか。

負の気で作り出した刃を生み出したコンラッドにフリッツは静かに目を閉じた。