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◆震天の腕輪(しんてんのうでわ)(3)



コンラッドは7人兄弟だ。
上から、長兄、次兄、長姉、次姉、コンラッド、弟、妹だ。
母方の血筋などの関係もあり、長兄が家を継ぐと決まっている。特に相続争いなども起きていない。コンラッドは長兄と同じ母を持つ。

長兄は貴族らしい貴族で、プライドが高く、保守的な考え方をしている。平和な時ならば問題がなかったかもしれないが、少々、危機管理能力には微妙な面がある。

そしてこの次兄は快楽主義者で少々頭のねじが外れている。
…というのも、性奴隷を調教するのが趣味で、その内容がひどい。体を痛めつけ、強姦まがいのことが日常茶飯事なのだ。時折、野外でも行為に励んでいる。
周囲の注意も聞く耳を持たず、政務関係には全く関心を示さない。長兄と継承争いが起きないのはこの兄の性格にも原因がある。

長姉と次姉はすでに国内の貴族に嫁いでいる。長姉には子も生まれたという報告を受けている。

弟は妾腹の生まれで継承権が低い。彼はそれを好都合に思っている一面があり、のびのびと過ごしている。当人は軍人になりたがっているが、父親がそれを許さないため、仕方なく、護衛の騎士たちと武術練習などを楽しんでいるようだ。

妹は聡明だ。なかなか気が強く、次兄にもはっきりと、私のプライベートエリアでは行為に励んでくれるなと苦情を告げている。次兄も同腹の妹には甘く、素直に聞き入れている。


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部屋に戻ると妹が来ていた。
妹レナーテは十代半ば。普段は家庭教師から教育を受けている。
小柄でやや幼い外見のレナーテは見た目だけなら12,13歳に見える。童顔なのだ。ウェーブがかかった栗色の髪を赤いリボンでまとめたレナーテは兄の目からみてもかわいらしい。実際、末妹は家族全員に愛されている。
レナーテはコンラッドと仲がよい。他の兄とは会話が合わないらしく、コンラッドと会話をするのを楽しんでいる。
大貴族であり、気楽に友を作れる立場ではないため、誰かと気楽に話せることが楽しいのだろう。午後のティータイムにはよくやってくる。

「来ていたのか。次兄上(あにうえ)がまた遊んでいたからしばらく廊下に出ない方がいい」
「今更、見たところで何とも思わないわ」

愛らしい容姿でキツイ言葉を吐きながら、レナーテはため息をついた。

「実はそのことでお話があるのよ、コンラッドお兄様」
「ん?次兄上のお遊びならいつものことだろ」
「もちろん、今更、オーギュストお兄様の趣味に口出しするつもりはないわよ。奴隷が普通の人間だったらね。あの奴隷たち、わけありですのよ、お兄様」
「ん?」

妹がこうしてコンラッドの知らぬ情報を得てくるのは今に始まったことではない。
いかにも幼い外見をしている妹には周囲が口を滑らせることが多いのだ。
それは妹が理解できていないだろうと思い、存在を意識せずにしゃべってしまったり、妹の巧みな話術で聞き出されたりするのだろう。妹は大変巧みな情報収集者なのだ。

「あの性奴隷たち、ガルバドスの魔具師ですの」
「魔具師…というと鍛冶師ということか。なんでまたそんな奴らを…」
「ただの鍛冶師じゃありませんわ。『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』を名乗ることが許された、国内でも10指に満たぬ数しかいない優れた魔具師ですのよ」
「!!!」

魔具師とは鍛冶師の一つだ。
一般に鍛冶師とは二つに分かれる。包丁などの日用品や工具およびその部品を作る鍛冶師と、武具を作る鍛冶師だ。
そしてそれらの品々の中に、印の能力を高めたり、抑えたりする、付加価値を持つ品が存在する。魔具師とはそれらを専門に作る鍛冶師の総称だ。
魔具師だけなら意外と多い。簡単な品ならば決められた素材と工程を進めれば完成するからだ。
しかしすぐれた品となるとそうはいかない。特に上級印を持つ高位騎士の能力を最大に発揮させるための武具を作れる者といったら、本当に一握りなのだ。
隣国ガルバドスは軍事大国だ。八将軍の持つ兵力だけでも10万人近い。当然そんな大国では魔具師は重宝される。
そんな中、大陸を網羅する鍛冶師ギルドが行っているのが、『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』の制度だ。
二年に一度行われる試験で、鍛冶師がランク付けされる。上位に入れば入るほど、優れた鍛冶師の証であり、客も多くなる。入賞者には看板が贈られ、鍛冶師はその看板を誇らしげに店に飾るのだ。客はその看板でこの鍛冶師は信頼できるのだと考え、立ち寄るようになる。鍛冶師も己の腕を磨くため、積極的に大会にはでるのだ。
『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』を名乗れるのは最高位に選ばれた鍛冶師だけだ。この時代、星の数ほどいる鍛冶師の中で、『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』をとれるのは本当に一握りだ。
特にガルバドスは軍人が多い。八将軍の持つ兵だけでも10万人近い大国で、たった10人いるかいないかの『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』。
それほど貴重なメンバーに選ばれたほど優れた魔具師を兄が捕らえているという。

「仕事……させているようには見えなかったんだが…」

鍛冶の腕を見込んで連れてきたのなら仕事をさせるだろう。そう思っての呟きに妹は頷いた。

「もちろん、させていませんわ。どの人にも」
「…どの人にも?まさか複数なのか?」
「二人。どちらも『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』だそうですわ、お兄様」

ため息混じりの告白にコンラッドもため息をついた。

「もったいない」

宝の持ち腐れ、というべきか、なんてことをしているのだと思わずにいられなかった。