文字サイズ

◆震天の腕輪(しんてんのうでわ)(2)



大国ウェリスタには三大公爵家と呼ばれる大貴族がある。
北のサンダルス。
南のミスティア。
そして西のディガルドである。
これらの公爵家は規模も力も大きく、それぞれの地で絶大な影響力を誇ると言われている。


コンラッドはディガルド公爵家の三男である。つやのある栗色の髪と黒い瞳を持つ、平均的な体格と知的で聡明そうな容姿を持つ青年だ。しかし継承権はない。闇の印を持って生まれたためである。
コンラッドが生まれたとき、周囲は悩んだ。闇の印は不吉として嫌われる。高貴な家柄に生まれた場合、その生自体をなかったこととし、殺されることも少なくないのだ。
そしてディガルド公爵家は十分に高貴な家柄だ。ウェリスタという大国の三大公爵家の一つとして、西の地では最大の家柄であり、大きな権力を誇る貴族なのだ。
コンラッドにとっては幸いなことに、彼は殺されずに済んだ。
彼の父は、子の持つ印を重く受け止めなかったのだ。
貴族は印を持たぬ者も多い。
命の危険性がある最前線にでることが少ないため、印がなくても困らないためだ。
コンラッドの父も同様の考えであり、貴族である我が子の印がなんであろうとかまわなかった。しかし、一応、世間体を考え、コンラッドの継承権だけは外し、それ以外の面ではごく普通に育てた。
コンラッド自身、三男という生まれで元々、継承権も低いこともあり、精神面で歪むこともなく育つことが出来た。

そんな平穏な日常に少しずつ変化が訪れ始めたのは、西の大国の台頭である。
それまでガルバドスとウェリスタの間には複数の小国があり、直接ぶつかり合う危険性はなかった。
しかし、近年、ガルバドスは周辺の国々を吸収し、大きく成長してきた。その結果、ガルバドスとウェリスタの本格的な戦いも起きるようになっていた。
ディガルド公爵家は西に大きな領土を持つ貴族だ。ガルバドスとウェリスタがぶつかり合えば、どうしても被害を免れない。
状況は日々、厳しさを増している。
そんなある日、次兄が家へ奴隷を連れてきた。

コンラッドは大変迷惑だと思った。次兄が屋敷の通路のど真ん中で性奴隷と行為に耽っていたからだ。
黒っぽい髪を持つ男の奴隷は、なかなか容姿が整っているが、今は汗と涎で見る影もない。昨日は庭で複数の男の相手をさせられ、声もでないほど疲労しきっていた。
体には至る所にピアスが刺され、股間には見事な入れ墨が施されている。すべて次兄の指示によるものだろう。

「兄上、通らせていただけますか?」

うんざり気味に告げると次兄はにやりと笑った。

「あぁコンラッドか。邪魔をしてすまなかったな」

弟妹に甘い兄はあっさりと退いてくれた。
悪いと思うならこんなところで励まないでくれ、とコンラッドは思う。
羞恥と屈辱に顔を歪ませる奴隷を見つつ、まだそんな顔をできるのなら精神は壊れていないようだ、と思った。