数日後、兄から手紙が届いた。
兄からは、気が向いたときに書いたという感じの手紙が年に何度か届く。
兄は意外と字が上手い。大らかで判りやすい文字を書くのだ。
その手紙にはいつものように近況を問うような内容から始まっていて、士官学校で受けた邂逅の儀のことが書かれていた。
『広くて立派な会場にたくさんの人が集まっていたよ。偉い人もたくさん来てらっしゃったらしいよ。俺には判らなかったけどね』
そんなどうでもよさそうな内容から始まり
『まぁ滞りなく終わったよ。
士官学校では印だけじゃなく、武具も貰えるんだ。
陣から光って出てくるんだよ。
けど俺の武具は喋るヤツだったんだ。七竜の一つ、紫竜ってヤツらしい。
名前をドゥルーガって名乗ったよ。職業は鍛冶師だってさ、武具のクセに。
あと、俺の印は緑と炎と水と土だった。
運命の相手も二人見つかったよ。一つ上の先輩と同級生のラーディンだった。友達が運命の相手とは思わなかったなぁ、びっくりだよ。
まぁ仲良くやっていけるように頑張ってみるよ。じゃあサフィも元気で。家族によろしく』
そんな風に終わっていた。
よく読めば重大なことが書かれているのに、サラッと書かれているせいで重大さが少しも感じられない。そんな手紙にサフィールはため息を吐いた。
「緑と炎と水と土だったって……つまり印が四つ…?…紫竜?」
兄は武具の貴重さも印の数も全く驚いていないかのようだ。さすがにそんなことはないだろうと思うが、少なくとも他の人間ほど驚いても狼狽えてもいないだろう。兄はそんな一面がある。
『まぁなるようにしかならないよ』
士官学校に入るよう決まったとき、そう言っていた兄を思い出す。
国からの強制であり、理不尽な決まり事にサフィールは憤慨したが当事者の兄はあっさりしていた。己の運命を彼はそのまま受け止めたのだ。
きっと今回のこともそんな風にあっさりと受け止めたのだろう。呑気なのか、器が大きいのか判らないが、兄らしいとも思う。
(七竜ってことや印が四つだったってことより、武具が喋ることの方を気にしていそうだな)
そんなことを思いつつ、サフィールはフィールードのことを思った。
邂逅の儀以来、フィールードは以前にも増してサフィールのところへやってくるようになっていた。以前から「早馬を見に来い」「可愛い子馬が生まれた」「狩りにいかないか?」「カードしようぜ」などといろいろな理由をつけてよく遊びに来ていた相手だが、最近は以前にも増してやってくるようになり、スキンシップが激しくなっていた。
(面倒だ……)
体を動かすことが好きではないサフィールは単純にそう思った。
フィールードのことは嫌いではないが、彼の誘いは鬱陶しかった。
サフィールの家族は物静かな家族だ。
それは薬師という職業柄なのかもしれないし、ただの生まれつきの性格なのかもしれない。
その中でも特にサフィールと父は無口だ。サフィールの無口な性格は父に似ているとよく言われる。
表情もあまり変わらないので何を考えているのか判らないと言われることもある。
ただし、家族は例外だ。
特に兄はサフィールの表情を読み間違えたことがない。そこはさすがに双子の兄というべきなのだろう。
しかしその兄は時折サフィールの性格を心配していた。
『サフィ、お前って判りづらいのかもしれない』
時々、そう呟いていた。
兄は意外と社交的な性格だ。物静かな性格であることに変わりはないが、サフィールのように相手を拒絶することがない。来るもの拒まず去るもの追わずという人間関係を築いている。結果的に知り合いが多く、思わぬ相手と話しているところを見かけることがある。
兄の性格は穏和な母譲りなのだろう。
そんなことを思っていたある日、パン屋の娘が差し入れに来てくれた。以前、彼女の祖父に薬を届けたことがあり、薬代を少しまけてやったことがあったのだ。
「うまそうだ。ありがとう」
焼きたてで暖かさが残っているパンを手にそう答えるとパン屋の娘は顔を赤らめ、嬉しそうな様子で去っていった。
特別容姿がいいわけではないが、気だてがいいと評判のパン屋の娘にサフィールも好感を抱いている。押しつけがましくない気遣いをしてくれる娘のことがサフィールも好きだ。
その様子をフィールードは壁にもたれて腕を組んだ体勢で見ていた。
「それ、食うのか?」
「当たり前だ」
パンを食べずにどうしろというのか。
あきれ気味に答えたサフィールにフィールードは目を細めた。
不機嫌そうなフィールードにサフィールは面倒なヤツだと思う。
(絡んでこなきゃいい男なんだがな、こいつは)
サフィールは内心そう思う。
同世代に人気が高いだけあり、フィールードは見目のいい男だ。
明るい茶色の髪はありふれた色だが、暖かみがあり、褐色の目も大きくはっきりしている。
本来の性格である明るくはっきりした性格も人に好かれやすく、大家族で育っただけあり、世話焼きで働き者だ。
「サフィ、今夜泊まっていいか?」
「勘弁しろ」
ここ最近繰り返されている何度目かの問いにサフィールはうんざり気味に答えた。
「じゃあ、夜、俺の家で待ってる」
「は?行くなんて行ってないぞ」
「待ってる。何時間でも待ってるからな!」
言い捨てて去っていくフィールードにサフィールはしかめ面になった。
言い逃げられたようなものだ。
しかし行かなければ本気で待たれるかもしれない。去り際に見えたフィールードの表情が泣きそうな顔に見えたのだ。夜に何時間も待たれてはさすがに後味が悪い。
行かざるを得ないだろう。
サフィールは深くため息をついた。