文字サイズ

◆みどりの分かれ道(1)


幼なじみのフィールードはサフィールよりも二つ年上だ。
藁のような明るい茶色の髪と褐色の瞳をし、いつも明るい色のバンダナを頭に巻いている。
実家は大家族で、牧場を営んでいる。フィールードも家業を手伝って働いており、仕事で鍛えられた、無駄な贅肉の一切無い男らしい体をしている。
ずば抜けた美形というわけではないけれど、平均よりずっと整った顔立ちで、馬術に長けていて、喧嘩も遊びもそつなくこなす器用さがある。
明るい性格で同世代の者達の間では皆に慕われている。いわゆるリーダー格だ。
当然ながらフィールードはよくモテる。同世代の中では断トツにモテているだろう。そう断言できるほど彼は人気者だ。家が近いという理由で昔から交流があるサフィールとスティールは回りから妬まれるほどだった。
もっともそれで困ったことは殆どない。
サフィールは周囲からの妬みを無視し、スティールは「そう言われてもなぁ…」とのんびりと返答していた。周囲はそんな反応に肩すかしのような気分を味わうのだろう。悪質な嫌がらせなどは全くなかった。
フィールード自身は一応モテるという自覚はあったようだ。
しかし、誰に告白されても好意を持たれても、困ったような顔で断るばかりだった。
そして、そんなフィールードにサフィールは時々問われていた。

「なぁ、お前付き合っている相手いないよな?」

いつも思い出したように不意に問われていた。

「忙しいからな」

サフィールはいつもそう答えていた。本音だ。誰とも付き合う暇がないし、付き合う気もなかったため、そう答えていた。

「まぁ…なるようにしかならないよ」

そう言ったのはスティールだ。一体何の話題の時だったか判らない。しかし士官学校入学を決められていた時のことだったのは確かだ。彼は彼なりに運命を見つめていたのだろう。
その時はそんなわけあるかとサフィールは思った。『なるようにしかならない』と思うのは単なるいいわけだろう。努力すれば必ず改善するだろうとサフィールは思った。
次にそれを思い出したのはサフィールが地元で行われた邂逅の儀にでたときのことだ。
サフィールの地元では町の広場で行われる。親たちや同世代の者達が集まって祝っていた。気の早い者達は既に酒に手を付けている者までいた。一種のお祭りなのだ。
サフィールと同じ歳の女性は殆ど儀は出ずに、成人を祝うために着飾っておしゃべりに励んでいた。
男は儀の決まりである袖無しの服を着て、地面に描かれた陣の周囲に集まっていた。
生まれ順に陣へ入っていくのを見つつ、サフィールは双子の兄スティールがいないことを理不尽に思っていた。本来なら一緒に受けるはずの儀式を兄は入学した士官学校で受けているのだ。何でこんなことになったのだろうとサフィールは運命を理不尽に思った。
殆どが土か緑の印を得ていく中でサフィールも陣に入った。

「お!」
「上級だ!!」
「さすがサフィールだな!」

周囲からワッと歓声があがる。
殆どのものがせいぜい卵サイズの印を得ている中、サフィールの印は手の平サイズの大きく鮮やかな緑の印を得た。大きな上級の印は見栄えがする。色鮮やかで大きなサイズはそれだけ大きな力を秘めている証拠なのだ。

「上級は何年ぶりだ?」
「昨年はいなかったよなぁ」
「一昨年のフィーがそうだよ」
「そういやそうだ。フィールードがそうだったな」

得たばかりの印を熱く感じつつ、サフィールは左手をもう片方の手で押さえた。
そこへフィールードが周囲の人混みをかき分けながらやってきた。

「お前も上級印だって!?よかったな!!」

相変わらず人好きのする明るい笑顔を浮かべたフィールードは自分のことのように嬉しそうだ。
そして近づいてきた彼は不意に怪訝そうな顔で己の腕を押さえた。

「ん?なんだ…?熱い…」

フィールードの腕がぼんやりと淡く光っている。
サフィールは己の左手を見下ろした。同じように淡く輝いている。

「お。おい、それ……」
「フィー、どうしたの!?」
「光ってるぜ?力使ってるわけじゃねえよな?」

ざわめきを聞きつけて、邂逅の儀を見守っていた町長がやってきた。
初老の町長は二人の印を見て、軽く眉を上げた。

「ほぉ、ひさびさに見たの。お主ら、相印の相手だ。同じ色、形、そして呼応して輝く印。間違いあるまい」

サフィールはギョッとして目の前に立つ幼なじみを見つめた。
相印。つまり『運命の相手』がフィールードだという。

「ええ!?」
「マジかよ!?」
「珍しいな」

周囲から息を飲む声や驚きの声が上がる。そんな反応すらサフィールには遠く聞こえた。

「そんな…」
「くっそ、俺がなりたかったのに!!」
「私もーっ」
「いいなぁ、サフィール」

同世代の者達の騒ぐ声が聞こえる中、呆然とした様子で印を見比べていたフィールードは不意に満面の笑みを浮かべ、グッと両手を握りしめた。

「やったー!!!!」

突然声を上げたフィールードをサフィールは唖然として見つめた。

「うおーーー!!めちゃくちゃ嬉しい!!!俺、サフィの相手なんだよな!!間違いなんて今更言われても困るけどよ!!やった!!やったぜ!!」

自分と同じで驚くだろうと思っていた相手の思わぬ反応にサフィールは面食らった。
フィールードは嘆く周囲も全く目に入っていないらしく、一人で喜びまくっている。

「兄貴たちに見せよう!!サフィ来いよ!」

戸惑うサフィールを余所にフィールードは強引にサフィールの腕を取ると、邂逅の儀を見に来た周囲の人混みの中へ入っていく。

「兄貴、姉貴!すげえぞ!!俺の運命の相手がサフィだったんだぜ!!」

興奮した様子で騒ぐ弟の姿にフィールードの数多い兄弟たちも驚いている。
よかったねーとか意外だなぁとフィールードの兄弟たちの反応は冷静だった。興奮しているのは当のフィールードばかりだ。

「フィーをよろしくね」

フィールードの姉にそう言われ、サフィールは機械的に頷いた。
内心は気持ちを落ち着かせるのに精一杯だったが、無口で表情にでないため、その内心は相手に伝わらぬままであった。