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◆霧に霞みし夢を見る(4)


アルディンが建物の扉に手をつける。途端、扉全体が紅く輝き、一瞬にして灰となって崩れ落ちた。アルディンが扉だけを熱で焼き落としたのだ。
突入した古い洋館はとにかく古く薄暗かった。
しかし無駄に広く、以前はかなり大きな娼館として使われていたのだろう。
灯りの問題はすぐに不要となった。アルディンが卓越した炎使いだからだ。彼の持つ剣が紅く輝き、周囲を照らし出してくれるのだ。
さすがに近衛軍トップに上り詰めた人物というべきか、アルディンは強かった。貴族としての英才教育を受けた彼は剣も正当派の剣技を使う。
正当派の剣技は極めると無駄も隙もなく、美しい。容姿の良い彼はサフィンも見惚れるような完璧な動きで、飛びかかってきた敵を一人ずつ倒していく。
そんなアルディンは遠距離にも強い。
紅く輝く剣は炎属性の剣だ。彼が剣を振るうと、炎が刃となって飛び、離れた場所にいる敵を切り裂いて燃やす。そうして離れた場所にいる敵さえも確実に倒していく。
それを補佐しているのはシードだ。
彼はアルディンに次いで突入したのだが、攻撃はアルディンに任せ、完全に補佐として動いている。しかしシードの補佐のおかげでアルディンは他を気にせずに思う存分戦えているのだ。シードの防御術がアルディンの炎から建物を守り、飛んでくるナイフや矢のような飛び道具を防いでいるのだ。

(さすがに後方支援のプロだな)

出しゃばることなく、己のするべきことをわきまえているシードの行動はサフィンにも好印象を与えた。

(少々足癖は悪いけど…)

シードが邪魔な敵を足で蹴り倒している姿を目にしてしまい。サフィンは苦笑した。
しかしそれぐらいは見逃せる範疇だ。

そうしてこの上なく強い二人のおかげでサフィンは無事、上司二人を救出することに成功した。


++++++++++


シードは小さくため息をついた。
まるで眠り姫というべきだろうか。
男に使うにはおかしな形容詞だが、詩人のように煌びやかな言葉が思いつくわけでもなく、眠るフェルナンを見ながら思い浮かんだのはそんな言葉だった。
薬で眠らされているというフェルナンは古い洋館の一室で寝台に眠らされていた。
しかも着ているのは白い上質の夜着だ。それもレースや宝石がふんだんに縫いつけられた贅沢なもので、フェルナンを拉致した犯人がいかに彼に傾倒していたかが判るものであった。
容姿の良いフェルナンには非常に似合う姿だったが、当人が目を覚ましたとき、どう思うだろうか。

(まぁ間違いなく不愉快に思うだろうがな)

犯人は第二軍内部の者だった。
信頼していた部下に薬を盛られたあげく、拉致された上、強姦されるところだったと知れば、どんなに寛大な人間でも怒り狂うだろう。
たまたま居合わせて巻き添えを食らったというニルオスは更に怒っているようだった。
彼はいざというときの人質として連れてこられたという。

「幾ら寛大な俺様でも絶対許せねえぞ!!」
(許す気は最初からないんだろうに…)

シードはそう思う。
上質の夜着を着せられて寝台に眠らされていたフェルナンとは違い、ニルオスの扱いは実に適当で、単に麻縄で縛られ、部屋の片隅に放置されていた。
だが適当な扱いだったおかげで無傷で済んでいる。拷問などは一切受けておらず、当て身を食らって気絶させられてここに連れ込まれたそうだ。

「何の余兆もなかったのか?」

そう問うアルディンは部屋に居合わせた二人の犯人をぎりぎり殺さずに倒していた。
室内だったこと、人質がいたことで、さほど余裕がなかったらしい。それでも殺さずに留めておくことができたのだからアルディンの腕の良さが伺える。
彼はまず、部屋の片隅にいたニルオスの無事を確認し、少し複雑そうなため息をつくと、ニルオスの縄を切っていた。フェルナンの方はちらりと寝台を見ただけだったので、彼の目的の大半がニルオスにあったと丸わかりの行動だった。

(判りやすすぎて微妙だぞ、アルディン)

一方、一緒に突入したサフィンはアルディンとは逆に、真っ先に寝台へと走っていた。まず体の確認をしていたのはフェルナンが性的な被害などを受けていないか不安だったのだろう。何も異常がないと知り、安堵のため息をついていたのは親友らしい行動だった。こちらにはごく普通に好感が持てる。

「あー、ニルオス将軍。グラナベータの反乱についてちょっと話があるんだが」

シードがあえてこの場で話題に出した理由を悟ったのだろう。ニルオスはしかめ面になった。
頭の良い彼だ。シードがこの場で話題に出した理由が取引にあると気付いたのだろう。

「アルディンに渡しておく」

舌打ち混じりの返答を受け、シードは満足した。
渡しておくと言ったということは渡せるだけの情報を得ているのだろう。それでなくてもニルオスの情報だ。信頼性はある。
予想外のトラブルだったが、欲しかった情報、そして仕事は得られそうである。

「シード副将軍、すみませんが、フェルナンを俺の背中に乗せていただけませんか?」
「了解した」

眠っているフェルナンを頼まれたとおりにサフィンの背へ乗せる。

「綺麗な御仁だな」

間近でみると本当に綺麗な男だとシードは心底思った。
薄暗い夜の室内でも際だつ白い肌やほんのりと紅い頬、顔を縁取る柔らかな髪が整った顔をひきたてる。起きているときは隙のない人物だったが、眠っていると出来の良い人形のようだ。これで軍の幹部というのだから人は見た目によらない。

「顔が良すぎるのも大問題だがな」

後ろから飛んできた皮肉気な声は怨嗟混じりだ。ニルオスにしてみたら側近の容姿の良さで巻き添えを食らったのだから大変な迷惑だったことだろう。
さすがのシードも無理もないかと同情気味に思った。自分がニルオスの立場だったとしても部下の容姿の良さを恨めしく思ってしまうことだろう。

「こいつ自身にも自覚させておきます。ちょっと対策を立てないと…」

フェルナンを背負って歩き出したサフィンはうんざりしているようだ。
付き合いも古いというのでこの手のトラブルに経験があるのだろう。

「アルディン、先頭を行け」

サフィンに先頭を歩かせるわけにはいかない。フェルナンを背負っているので戦えないからだ。

「判った」

言葉少なく応じたアルディンは剣を抜いて力を込めた。
薄い桃色のクリスタルソードがアルディンの印に反応して紅く輝いていく。
光と熱を発する炎属性の剣を手に、アルディンは歩き出した。アルディンの剣が灯りがわりになり、洋館の通路を照らし出していく。
その後をついていくのはニルオスだ。己が戦えないという自覚があるのか、隣ではなく、背を追うように歩いていく。戦いの邪魔にならぬよう、近すぎず、遠すぎぬ距離を保っている。
そしてフェルナンを背負ったサフィンが続き、殿を守るようにシードは歩き出した。