文字サイズ

◆霧に霞みし夢を見る(5)


サフィンは後ろで印の動きを感じて振り返った。
シードは腕を突き出すように動かすと印に力を込めたようだった。
ポポポッと床を、そして壁を、ほんのりとした光が覆っていく。
淡く柔らかな光は土属性の術だ。シードがかけた防御術は、サフィンたちが歩く通路を守っていく。
古い洋館内は薄暗く、薄気味悪い雰囲気があるが、アルディンの炎とシードの術が内部を照らし出し、不気味さを和らげてくれる。特にシードの術は安心感を与えてくれた。広く柔らかな防御術の灯りはシードらしい暖かみを感じさせる。言葉にされない優しさが満ちているかのようだ。

(さすがは守りと補佐の達人と言われる人だな)

情報に長けた二軍にはいろんなうわさ話が入ってくる。当然、シードに関するものもあり、それらはけっして派手ではないが、好感に満ちたものが多かった。

(ともかくこいつが無事で良かった)

背負った友は大切な友だ。性的な被害になどあっていたら目も当てられなかった。
アルディンとシードには感謝すべきだろう。

建物を出るとシードが背のフェルナンにマントを掛けてくれた。夜着のままでは目立つからだろう。

「ありがとうございます」
「いいや。それよりこのまま第二軍に戻るのか?」
「いえ、フェルナンを背負ったままでは目立ちますので一旦俺の実家に連れて行きます。幸いあまり距離が遠くないので」
「そうか、それがいいだろうな。そこまで送ろう」
「ありがとうございます」
「おい、アルディン!俺はサフィン殿を実家まで送っていくから、そっちは頼むぞ」
「判った」

ニルオスの方はアルディンに任せていいだろう。
そこへ馬車がやってきた。市井で使われている一般的な馬車だ。しかし御者が己の知る部下であることにシードは気付いた。

「ステファン様からの命令により、迎えにあがりました」
「ご苦労」

気の利く部下が手配してくれたらしい。
ニルオス、アルディンと別れ、三人を乗せた馬車が動き出すとサフィンがウンザリ顔で口を開いた。

「明日が心配ですよ。こいつはこんな見た目ですが性格がすっごくきついんです」

事実を知れば荒れ狂うでしょう、とサフィン。

「気の毒だが仕方ねえだろうな。事情が事情だ。これを機会に少々気をつけてもらうしかねえな」

とっとと結婚でもされりゃ少しはマシになるかもな、とシード。

「そうですね。シード殿も何があるかわかりません。どうぞお気をつけ下さい」
「あ?まぁ確かに俺も副将軍って地位にいるが、俺は見た目が見た目だからな、心配いらねえって」
「そんなことはないと思いますよ」
「そうか?」

己の人気に自覚がないシードは首をかしげつつ、一応気をつけておくかと思った。
立場が立場だ。人の恨みは買っている可能性が十分あるだろう。用心に越したことはない。
一方、シードが人気の高い人物であることを知るサフィンはシードが用心すると言ってくれたことに安堵した。


++++++++++


3日後、シードは執務室でフェルナンの訪問を受けた。

「シード殿、先日はお世話になった。大した物ではないが受け取っていただけるとありがたい」
「そりゃまたわざわざありがと……う………おい、なんだこれは?」

シードはフェルナンが差し出した紙袋を受け取って絶句した。
中に入っていたのはワインと犬のぬいぐるみであった。
ワインは判る。騎士には一般的な嗜好品だからだ。
しかしぬいぐるみは大の男に贈るにはおかしい。

「信頼できる情報筋からシード殿はぬいぐるみを愛しておられるようだとお聞きしたので。そのぬいぐるみは、よき腕を持つというぬいぐるみ職人フェランダ殿による逸品だ。雪兎の毛皮を使った上質な品だ。気に入っていただけるといいんだが…」
「あ、あぁ、ありがとよ…」

腕の良い職人による上質の品だと言われるときつく問うのも憚れる。
ぎくしゃくと頷いたシードにフェルナンはニコリと笑んだ。

「そうか、気に入ってただけたようで何よりだ。アルディン殿は不在のようだが彼にも礼を言っておいてくれ。では…」

多忙なのだろう。書類の入った袋を手にしたフェルナンは長く滞在することなく去っていった。

「……信頼できる情報筋…ね」

一体どういうルートを辿って広まったのかは知らないが、最初の出所は間違いなく己の部下だろう。思えば彼は大きな誤解をしているようだった。

「おい!!ステファンを呼べ!!」

怒りに肩を振るわせつつ、一体誰に話をしたのか問い詰めてやると決意するシードであった。

<END>