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◆サフィールの港町日記(3)

紹介された店にはたくさんの材料にできそうな品々が並んでいた。
舶来品を取り扱う店の一つで乾物や薬の材料などを取り扱う店らしい。
売れ筋はお茶だという話だったが、薬の材料となる珍しい品々も豊富に取り扱っていた。
ところ狭しと並べられた品々に魅入られつつ、サフィールは薬作りに必要な品を買い、別の店で天秤と匙と調合用のすり鉢とすり棒を購入した。
その他の器は酒場の店主から借り、できた薬を器に入れて渡すと怪我人の仲間達は喜んで受け取った。
そして彼等から治療費を問われ、正直に答えると良心的だと更に喜ばれた。どうやらサフィールの田舎は相場が低いらしい。
明日も診てくれないかと問われ、サフィールは頷いた。いずれにせよ幾日かいる予定だったのでその間に少し診るぐらいならば問題はなかった。
そうしてその日は彼等が泊まっている宿屋を紹介されて泊まり、翌日、再度、店に行き、今度はじっくりと品々を見て回った。
そうして昼過ぎに食事を兼ねて耳ウサギ亭へ戻ると、早速店主に気付かれて呼び止められた。
店主は白いウサギをモチーフにしたエプロンを羽織っていた。

(この人のエプロンはこういうものばかりなんだろうか…)

「薬師の兄ちゃん。あんたに客が来ているぜ」
「客?」

港町に知り合いなどいない。強いて言えば昨日の怪我人たちだろうが、朝から診ている。後は夕方にもう一度診る約束をしているが急変したのだろうか。
そう思い少し緊張していると、客は綺麗なストレートの金髪を持つ若い男だった。弓矢を持っているので狩人か傭兵辺りだろう。
若い男の用件は怪我人を診てほしいということだった。

「すまないが俺は別件でここに来ているんだ。医者なら地元を当たってくれ」
「医者には見捨てられた。食肉花のアニーゼに巣くわれているんだ」
「何故すぐに焼かなかった。それで殺せたというのに」

サフィールが呆れ気味に答えると若い男はパッと顔を輝かせた。

「対処法を知っているのか!じゃあ助けられるんだな!?頼む、助けてくれ!報酬は幾らでも払うっ!!」
「さすがだな、薬師の兄ちゃん。あのアニーゼの治療法を知っているとは」

カウンターの中から聞いていた店主も感心したように拍手をしている。

(へんなところで拍手をしないでくれ…わけがわからん)

おかげで妙な注目を浴び、サフィールは困った。これでは断りにくい。

「…連れていけ。ただし金は取るぞ」

しかめ面で渋々答えるサフィールであった。

食肉花アニーゼは寄生植物の一つだ。しかし『生きたもの』に巣くい、激痛を与えながら急成長する悪しき生き物である。
田舎育ちのサフィールも一度だけ見たことがあり、対処法も見聞きしていたため、知っていた。
激痛を抑えるために麻薬を飲んでいた男は腕から肩にかけて巣くわれていた。
寄生植物のせいで酷く形状が変化し、腕はしぼんでいる。腐っているような色をし、元が腕だったとは思えぬほどだ。

「腕は諦めろ」
「判っている。命だけでも助けてくれ」

寄生された男からの返答はなかった。麻薬のせいで深く眠り込んでいるのだ。
サフィールは印で聖ガルヴァナの腕を発動させ、その腕で刃を作り出した。
生気と反対の負の気で作り出した刃を寄生花の本体へ直接突き立てる。生気ならば寄生花に吸われてしまうが、負の気で生み出した刃で急所を突くことにより、死を与えるのだ。
それから腕を切開する。元から深く麻薬を飲んでいる男だ。麻酔は必要がない。
巣くった寄生花を慎重に取り除き、寄生花のせいで断ち切られていた神経や肉を光印縫合で丁寧に繋いでいく。すぐには繋げられなくても生気の糸が繋がっていれば、それをよりどころにして再生を促すことができるので無駄にはならない。そのために糸は形状を変化させ、寄生花が大きく巣くっていた部分には丸めた生気の糸をわたのように埋め込んでおいた。

「……うまくいけば、腕も少しは動くようになるかもしれないな」
「本当か!?切断かと思っていた。本当にありがとう!!」
「喜ぶのは早い。この男、麻薬を吸いすぎだ。吐き出させるぞ」

このままでは麻薬で死ぬ。
手術を終えたサフィールは『毒障浄化』を発動させ、不要な麻薬を吸い出した。

「痛み止めを処方しておく。二度と麻薬には手を出すな」
「ありがとう。本当にいい医者だな、アンタは」
「……俺は薬師だ」

喜ばれるのは嬉しいものの、手術で疲労したサフィールは少々うんざり気味に答えた。