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◆孤独の夢(6)

数日後、コーザが引退するという話を聞いたとき、スティールはやっぱりという気持ち半分、驚き半分だった。
スティールはコーザの相手を知っていた。一緒に歩いているところを見たことがあったのだ。コーザの相手は明らかに傭兵の格好をしていた。
一緒に眠った日の翌日、コーザは何やら思い詰めたような表情をしていた。
だから、行動に出る気だろうとは思っていた。

「おい、スティール。どうにかならねえのか?」

ため息混じりにやってきたカイザードは疲れた様子だった。聞けば昨日、ラグディスとコーザが修羅場だったのだという。たまたま引退の話を聞いたとき、カイザードも居合わせていたそうだ。

コーザはラグディスの部屋を訪れて、引退の話をしたという。
自分で説明をし、別れを告げるという行動。それはコーザなりのラグディスへの誠意だったのだろう。
しかし、突然の別れをラグディスは受け入れられなかった。
最終的には刃傷沙汰になりかけて、居合わせていたカイザードとコーザの二人がかりで眠らせることになったと聞いた。

「申し訳ありませんが、今更ですよ、先輩。フェルナンが退団届けを受理しましたから」

フェルナンにとっても自軍から腕のいいコーザが抜けるのは痛いだろう。
しかし仕事には妥協を許さないフェルナンが退団届けを受理した。そのことこそが、コーザを止めることができないことを示しているとスティールは思う。

「そうか……けどラグディスが可哀想だ」
「……そうですね」

ラグディスは本当にコーザを好きだった。
いつもクールで極力感情を表にださない彼がコーザと一緒にいるときだけは嬉しげな様子を見せていた。
コーザもラグディスも大切な友人だ。それだけにこの結果はやるせない気持ちになる。
コーザの想いとラグディスの想いが互いへ向くことができなかった。
どちらも悪くない。ただそういう結果になってしまった。それだけなのだ。

「あれ?おい、スティール。ドゥルーガは何処に行ってるんだ?」

スティールが手甲をしていないことに気づいたのだろう。カイザードが少し驚いた様子で問う。

「さぁ……たまにはあいつも散歩に行くようですから」
「へえ、珍しいこともあるもんだな」

本当は鍛冶をしにでかけたのだ。
琥珀という素材に興味を惹かれていた様子だったので、いい指輪を作り上げるだろう。

(幸せになってください、コーザ)

こうして唐突に別れることになるとは思わなかったけれど、よくある戦場での別れでないだけ幸運だろう。
知らぬ地で生きるのは大変だろう。けれどコーザはスティールの上官として、騎士の基礎を教えてくれた人物だ。幸せになって欲しいと思う。

(まぁ心配いらないかもしれないけれど)

ドゥルーガに琥珀の話をするコーザは少し照れくさそうで嬉しそうな様子だった。
幸福な旅立ちなのは確かだ。
そこへスティールの名を呼ぶ声がした。

「おーい、スティール。印入れをやれよ。カイザードはどうする?」

ラーディンがスティールを呼びにやってきた。手には盾を持っている。
印入れとは引退する騎士へ渡す、寄せ書き代わりのような品だ。
印を小さく発動して、幸福を祈りながら、品に名を刻む。ただ名を刻むのと違い、淡く輝くような痕跡が残るので、全員が印を持つ騎士の間で主流の習慣だ。
通常は小手やマント止めなど小さな品に刻むのだが、今回は大隊長位の人間ということで小振りの盾が刻む品になったらしい。

「スティールは水でやってくれ。近衛には水の使い手が少ないからな」
「うん、判った」

スティールが刻む隣でカイザードは盾を見ながら呟いた。

「ラグディスはまだだろ?」
「あぁ、どうする?時間ないみてえだし、夕方には渡しに行くけど」
「夕方か。じゃあ刻ませる。俺はあいつに後悔させたくないんだ」

ついてきてくれ、と言われ、スティールは頷いた。