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◆孤独の夢(7)

部屋でラグディスは泣きはらしたような真っ赤な目をしていた。
そういう顔を見るのは久しぶりだなとスティールは思った。学生時代以来だ。
刻め、とカイザードに言われ、ラグディスは顔をしかめた。
別れの品を見たことで、再度、別れの現実を突きつけられたような気持ちになったのだろう。無言で首を横に振る。

「じゃあずっと泣いてろ。俺は刻むから。お前の名はコーザの元に残らねえ、ただそれだけだ。相手の新たな旅立ちすら祝福できねえヤツはその方がいいかもしれねえな」
「祝福など…出来るか!!」

吐き捨てるようなラグディスの声は涙声だった。
ずっとずっと想ってきた相手との突然の別離だ。まだ受け入れることができないのだろう。

「本当に刻まねえんだな?後悔するなよ?」
「………」
「いいんだな?」

念を押され、ラグディスは震える手で小盾を受け取った。
淡く輝く銀色の光りが指先に灯る。名が小さく盾の表面に刻まれていった。

「スティール、頼む」

カイザードに言われ、スティールは小盾を受け取った。
俯くラグディスの頭をカイザードは無言で抱きしめた。


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スティールは夕刻、コーザの友人らと見送りにでかけた。
小盾を受け取ったコーザは一つ一つの名を見ながら、嬉しそうに笑んで、礼を言ってくれた。
コーザの友人らは突然の別れに愚痴を言いながらも、皆が祝福の言葉を告げていった。
一つは騎士という職業柄だろう。戦場に出ることが多い騎士は突然の別れに慣れている。生きて別れることができるのは幸せなうちだと全員が知っているのだ。

「幸せを祈ってます。今までありがとうございました」

スティールがシンプルながらも想いを込めて告げるとコーザは笑って頷いた。

「俺もお前に何度か戦場で助けられたな。お前は俺の一番弟子だ」

コーザの部下で大隊長位まで出世したのはスティールだけだ。
新人のころから様々なことをコーザに教わった。

「ありがとうございます」
「いい指輪だ。満足してる。ありがとう」
「ドゥルーガも喜ぶでしょう」

コーザの指に光る指輪は琥珀をそのままくり抜いて作られ、狼が食らいつくような様に彫られていた。戦士らしい荒々しさを表した見事な出来にドゥルーガはさすがだなとスティールは感心した。短時間でここまで見事に仕上げることができるのはドゥルーガの腕の良さだろう。

「最後に……あいつを頼む」
「…俺にいいますか、それを…」
「他に頼めるやつがいなくてな。何かしろとは言わねえよ。ただ見守ってくれるだけでいい。あいつも大人だ。自力で何とかするだろう。それまではお前に頼みたい。あいつの過去を知るのもお前とカイザードだけだ」

学生時代のことを言われるとできませんとは言えない。ここで嫌だというのも薄情だろう。
スティールは苦笑気味に頷いた。

コーザの友人たちと数人で見送りながら、スティールはぽつりと呟いた。

「キーリスってどんな国なのかな」

隣に立っていた騎士が答えた。

「さぁ…遠いからな。西ってことしか判らねえな。ただガルバドスより西だから、俺らが関わることはなさそうだな」

ウェリスタ国の西にはガルバドスという大国がある。
この軍事大国が西に横たわる以上、キーリスなど西方諸国と剣を交えることはなさそうだ。
姿が見えなくなってスティールたちは帰路についた。
その途中、小手姿のドゥルーガがぽつりと呟く。

「西には赤いのがよくいる」
「赤?」
「破壊魔の紅竜だ。今、どの国にいるのかまでは知らねえけどな」
「そっか…」

自分もいつか騎士を辞める日がくるだろう。
そのとき、皆に笑顔で見送ってもらえるだろうか。
願わくは愛する者が一人も欠けることなく全員で騎士を辞めることができればいい。そう思った。


<END>

コーザは傭兵後も書いてみたいです。大国ではあり得ない小国事情とか書いてみたいと思います(笑)
セイの故郷キーリス国は第四軍将軍ディ・オンの両親の故郷近くでもあります。(どうでもいい設定ではありますが…(笑))