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◆孤独の夢(5)

コーザはセイを馴染みの雑貨屋で捕まえた。
セイは旅の準備をしているようだった。西へ帰るためのものだろう。
店を出た二人は近くの路地で向き合った。

「俺、キーリスに一緒に行くからな」

コーザの宣言にセイは眉を上げた。
何かを言いかけたセイをコーザは片手で止めた。

「ガルツに話は聞いた。反対しても無駄だ。もう退職届は出してきた」

嘘だった。ガルツに話を聞いてすぐにセイを探したのでまだ何もしていない。
しかしセイは信じたのだろう。唖然とした表情となり、深々とため息を吐いた。

「馬鹿野郎………ほんっとうにバカだな、テメエは……」
「そんなことはない」
「馬鹿野郎!!超エリート職を投げ出してついてくるだ!?その何処がバカじゃねえってんだ!!傭兵なんざ先行き真っ暗なんだぞ!?戦場で死ぬのが大半で、死んでも遺族への補償もねえ。怪我や病気で引退しても助けてくれるやつなんざいねえんだ。何もかも国が補償してくれる近衛軍とは違うんだぞ!?」
「そうだな」

何もかもそのとおりだ。
傭兵はその日その日がすべて。
戦場で生き残り、給金を貰わなければ生きていけない。給金はそこそこ高いが、死亡補償などはない。使い捨ての戦力に近い立場だ。
傭兵はシビアだ。騎士になれなかった者や、罪に追われる者、とりあえず他にできる仕事がない者などがなる。引退しても誰も生活を助けてくれないため、野たれ死にするものも多いと聞く。
間違っても他の職で高給を得ている者がなる職ではないのだ。

「けど俺はアンタと一緒にいたい。孤児の俺が唯一得ることができた家族みてえなものがアンタなんだ」

コーザは孤児として施設で育ち、家族はない。セイに会うまでずっと一人だった。
出会って、いつの間にか十年近くが経っていた。本気で別れることを考えたことはない。死ぬまで連れ添うつもりでいた。
綺麗な話ばかりではないだろう。十歳以上年上の相手には老いも見えてきた。いつまで傭兵を続けていられるかも判らない。現実は常に目の前にある。
けれどコーザも孤児として辛い現実を見てきた。
戦場で士気を振るう立場だ。同僚や部下の様々な人生を見てきた。
現実が綺麗事ばかりでないことはコーザも身に染みて知っている。伊達にエリートではないのだ。頭は切れる。

「心配するな。もう出会った頃のガキみてえだった俺じゃねえよ。伊達にエリート職だったわけじゃない。一生遊んで暮らせるだけの貯金もある。あんたの面倒だって見れる。これからは俺がアンタを守ってやるよ」

セイは大きくため息を吐いた。

「本当に呆れたヤツだ」
「……ああ」
「だがお前は傭兵としては新人だ。基本を叩き込んでやるからいつまでもエリート騎士の気分でいるんじゃねえぞ。傭兵は戦場じゃいつもやばい場所に放り込まれるからな」
「知ってる」

コーザも騎士だ。作戦立案に関わったことがあるのだ。

「なあ…結婚しようぜ。いや、してくれ」

ちゃんと婚姻したら、何かあってもセイにコーザの貯金が渡される。
そうしたらその金がセイの将来を保証してくれるだろう。

「馬鹿野郎。その台詞は俺が言おうと思っていたのに、年下のテメエに言われてちゃ俺の立場がねえよ」
「ひでえ。俺だって男だ。それにいつまでも年下、年下って言うんじゃねえよ。俺だってもういい歳なんだぜ」

そうコーザが苦情を告げるとセイは苦笑した。

「そうだな、もうガキじゃねえな。早いもんだ。俺も歳を取るはずだ」

そう言うとセイはポケットを探った。革のベストのポケットから透き通った綺麗な黄色の石がでてくる。

「琥珀…?」
「あぁ。高価な宝石は買えねえがな、こいつは以前俺が助けたやつに貰ったんだ。そいつの故郷が質の良い琥珀を算出する土地だったらしい。いつかお前にやろうと思ってな。持ってたんだ」
「大きいな」
「あぁ。これならいい指輪に加工できる」

この世界で琥珀はそれほど高くない宝石だ。
しかしセイが持っていたような卵サイズになるとそれなりに高額だ。
それを傭兵のセイが手放さずに持っていてくれたのはコーザへの想いの証だろう。

「ありがとう」