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◆孤独の夢(3)

「……で、俺の部屋に逃げてきたんですか……」

10歳近く年下の同僚は迷惑顔だ。

「ヤったらいいじゃないですか。一度の逢瀬を思い出にして諦めてくれるってラグディス先輩はおっしゃってるんでしょう?悪くない話だと思うんですけど」

スティールの言うことも一理ある。
しかし同時に考えが甘いなと思うコーザである。
数年間、断っても断っても諦めてくれなかった相手だ。たかが一回寝たぐらいで諦めてくれるとは到底思えない。自分だったら諦めきれないだろうと思うのだ。むしろ寝てしまったら望みがあるような気がして、更に追いかけてしまいそうだ。
それでなくても今日は誰ともヤる気がしないコーザだ。
十年近く連れ添ってきた相手との別れはコーザの心に傷を作っていた。

「ま、いいや。寝ましょうか」

案外切り替えの早い年下の同僚にコーザは驚いた。迷惑顔をしていたから追い出されるかと思っていたのだ。

「俺、独り寝ってあまり得意じゃないんですよ」

週の半分以上、誰かと寝ているというスティールは誰かと同衾した方がよく眠れるのだとあっさり告げた。

「お前誰かに振られたらどうする?」

コーザの問いにスティールは目を丸くした。

「振られた内容次第ですが、追いかけて取り戻しますよ。俺のですから」
「俺のってお前な…」
「けどそういうことだと思います。追う気があるかないかだと思いますよ。どうしても嫌だったら追いかけるしかないし、その気がないなら諦めるしかないです」

さらっと言い切るということは考えたことがあるのだろう。

(追う気があるか、ないか……)

スティールの隣に寝転がり、言葉を反芻する。
本音を言えばまだ実感が沸かない。長く共にいた相手だ。急に別れを告げられても信じられないという部分が多い。余兆もなかったので尚更だ。
そしてずっと好きだった。今も好きだ。別れたくなかった。
追いたい気持ちを制止しているのはセイが告げた『イイ相手』が気になっているからだ。
既にセイの気持ちが自分にないのであれば、追っても辛いだけだろう。

(どんなヤツなんだか…)

セイの友人知人たちは殆ど知っている。コーザはセイと十年近く付き合っていた。その分、互いのことを知っており、セイの友人たちとは酒場などで会うたびに挨拶したり、一緒に酒を飲んだりしてきた。

(あの中にいるんだろうか…)

しかし想像も見当も付かない。コーザとセイは公認の仲だった。互いに別の相手と楽しんだりできるような性格ではないため、浮気などで揉めたこともない。今回の話は本当に突然だったのだ。
別れの挨拶も今までの礼すらも出来なかった。

(…いつ王都を発つんだろう…)

せめてそれだけでも聞けばよかったと思った。