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◆シードの見合い話 その13 (シード視点)


久々にギランガへ出向いた。
見合いの時以来だから、一年以上ぶりだな。
さすがに国内最大の港町だけあり、港に見える大型帆船もキャラベル、キャラック、ガレオンと幾つものタイプが所狭しと並んでいる。
端の方に見える船だまりには小型船が複数集まって、賑やかだ。ありゃ魚か?小型船は漁船が中心のようだ。
ところでベルクートのヤツは何処にいるんだか。あいつの家の執事は港にいるはずだって言うんだが、港広すぎだ。執事の言うとおり、案内を断るんじゃなかったな。
そんなことを思っていると、どの船を捜しているんだと男に声をかけられた。振り返るといかにも海の男らしい野性味のある若い男が立っていた。

「あぁ、内陸の出なんで、船が珍しくてな。さすがギランガだ。見事なものだな」

そういうと不審そうな様子だった男の表情が一気に明るくなった。どうも不審者と思われていたようだな。まぁ無理もないか。知らない男が船をじろじろ見ていたら、怪しんでくれと言っているようなものだ。

「あんた、判るか。このギランガはウェリスタ一の港町だぜ。東からの品は全部この港に集まってくるんだ。あっちの大船がパスペルトからきた船でウェール一族のガレオン船で、こっちの船は地元ティース家の船だ。船首の飾りが見事だろ!」

どうやら地元の男だったらしい。誇らしげに教えてくれる表情が子供のように無邪気だ。
ゴツイ大男もこうなると可愛いもんだな。
そう思って話を聞いていると、更に気をよくした男は酒を奢ってくれると言い出した。
折角の誘いだが、探し船ならぬ、探し人がいるんだよな。
ベルクートのことを告げると、男はあっさりと心当たりがあると言い、ベルクートがよく顔を見せるという店をいくつか教えてくれた。
さて、うまく会えるといいがな。



腹も減ってることだしちょうどいいと最初に入った飯屋は目の前が港だけあり、海の男達が客層の中心だった。
当然といえば当然かもしれないが、どこもかしこも魚臭い。ついでに言えばお世辞にも綺麗とは言えねえ。テーブルは拭かれることなく、次の客が座り、魚を焼く煙が目に痛い。
かなり広い店内には昼間から酒を飲んで騒いでいる連中もいれば、飯をかき込むようにして食って、飛び出していく男もいる。
そういやアルディンのヤツがベルクートは気さくに街の酒場にも出向いているとか言ってたな。俺にはやたら上品な店にしか連れていかなかった癖に何の遠慮されてたんだか。軍人なんだから死体の目の前でも肉を食えるっての。
店内を見回すと、奥の方にベルクートらしき姿があった。最初の店で見つけられたらしい。幸先がいいじゃねえか。ちょっと嬉しくなる。
とりあえずヤツの元へ行こうとしたら、酒臭い男に呼び止められた。
はぁ?何のようだって?飯食う以外、何のようで飯屋に入るってんだ。
ああぁ?おぼっちゃま?確かに身なりはいいがそんな大層な生まれじゃねえっての。
あー、うぜえ。俺は奥に用があるんだよ。広い店内だから見失っちまうじゃねーか、離せっての!!
ったく、ヤツに合わせて質の良い服を着てきたのは失敗だったか?
けどあいつも一応貴族様だしな。……こんな店に入ってるけどよ。


とりあえず絡んできた男を投げ飛ばして、再び店の奥へ向かおうとすると、今度は別の男たちに呼び止められた。どうやらさっきの男の連れらしい。

「細い男にバカにされちゃ海にいけねえんだよ、水神ラーウ様に笑われちまう!!表にでやがれ!!」
「俺らの仲間に好き勝手してくれてるじゃねえか、にぃちゃんよぉ……」

ああ、うぜえ。こっちは忙しいんだっての。何でこんなアホな連中に絡まれねえといけねえんだ。俺が何かしたか?ああ?
あー、めんどくせえ。まとめてかかってこい!!!



全員まとめて床に転がし、ようやくベルクートの元へ行くと、どうやら事態を見ていたらしい。ちょっと気まずい。

「あー……久しぶりだな」

相変わらずベルクートは固まってる。こいつの友人連中まで固まってるのはわけわかんねえが。似たもの同士なのか?こいつら。
まぁいい。とりあえず挨拶しておくか。初対面だ。

「初めまして。近衛第五軍、副将軍のシードだ」

名乗るとようやく硬直が解けたらしい友人達が動き出した。

「…!!よ、よろしくっ!!」
「ベルクートのお相手さんか!!」
「いつもこいつがお世話になってますっ」

ご友人たちには挨拶がもらえたが、ベルクートは相変わらずだ。だがまぁいい加減慣れた。
気にせずに開けてもらったベルクートの隣の席に座る。

「美味そうだな。貰っていいか?」

返事はない。まぁいいか。ベルクートのものらしい皿から魚を取り上げてかぶりつく。おお、うめえ。さすが港町だな。

「そう?たーんと食べておくれよ!あんた、強いんだねえ!」

嬉しげな様子で声をかけられる。随分スタイルのいい若い女性だ。この店の給仕をしているらしい。

「まーな」
「ベルクート様のお知り合い?」

興味津々で問われる。

「あぁ、まぁな。おすすめはあるか?生は食い慣れてないからそれ以外のものがいいんだが」
「今日は焼き魚かスープだね」
「んじゃ両方」

軍人だから結構食えるんだ、俺は。

「ふふ、毎度っ!!」

上機嫌で女性が去っていき、俺は固まったままのベルクートの腰を肘で突いた。

「あのよ、アリアドナの祭りの日に貰ったモンのことだけどよ」
「か、返されるのは困る!!」

さすがにすぐピンと来たらしい。ベルクートにしては珍しく即答で返答が来た。けど見当外れだっての。

「あのな、返さねえわけにはいかねえんだよ。サイズが違う」
「さ、サイズ…?」

ぎくしゃくと問い返される。

「あぁ。俺は剣も盾も使うからそんなに指は細くねえんだよ。職業軍人だからな。……まさかと思うがファッションリングとしてくれたわけじゃねえんだろ?」
「ち、違う!!ちゃ、ちゃ、ちゃんとっ、婚約指輪として贈ったつもりだ!!」

青ざめたまま慌てている相手にポケットからリングを取り出す。

「ほらよ。ちゃんとワンサイズ上に直してくれよ。お前への用はそれだけだ」
「俺以外にも用が…?」

お、ちゃんと気づいたな。固まったままだから聞き流されるかと思ったが。

「コウにちょっとな」

嘘だが。本当は海軍に用がある。そろそろ海賊退治を本格化させるらしいんだな。
だが海賊たちにそういう噂が漏れちゃ面倒だから言えねえが。

「コウ様に…?」
「ああ」

それにしてもさっき転がした男共。腕の入れ墨は意味ありげだな。案外、海賊の下っ端共かもしれねえな。もう少し海の知識を仕入れておかねえと近衛は足手まといになりそうだ。
こう言うときアルディンが使えりゃいいんだが、あいつは育ちが良すぎてこの手の知識は全くなさそうだからな。


「おい、ベルクート。こいつらの腕の入れ墨はなんだ?」
「あ、ああ。…茨の蛇だからベルウェナの配下だ」
「ベルウェナ?」
「大海賊の一つだ」
「大海賊の下っ端がこんなに弱いのか?」
「そ、それは違う。こいつらは十分強い方だ。シードが強すぎるんだ」

俺ごときで強いと言われりゃ、アルディンやうちの部下共はどうなるんだか。俺は後方支援担当でどっちかっつーと文系だっつーの。
んじゃ仕事へ戻るか。

「き、気をつけて」

おう。またな。


……。
……………。
あ、今夜泊めてもらおうと思ったのに言うの忘れた!
ま、いいか。

<END>