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◆シードの見合い話 その9(シード視点)


遠距離だから聖アリアドナの花が贈れねえなと思っていたら、当の相手がやってきた。
宿屋で待ってるとアルディン経由で伝言をもらい、宿屋へ。

っつーか、相手が貴族って時点で疑えばよかった。なんなんだ、この宿屋は。貴族の邸宅かよってぐらい、でかくて豪華だ。
無駄に広い部屋にちんまりとソファーとテーブルがある。上流貴族向けの宿屋らしいな。
あちらこちらに置かれた調度品は金額を考えたくないぐらい繊細な細工が施され、宝石がちりばめられている。

相変わらず緊張に固まっていた相手は俺が花を差し出すと更に固まった。
何なんだ。聖アリアドナの祭りだから来てくれたんじゃねえのかよ?いや、別に花が欲しかったわけじゃねえから別にいいんだけどよ。
花を受け取った相手は青ざめている。何だか悪いことをした気分だ。

「……っ、その、俺は…港町の生まれで…」

知ってるっての。

「……その、ギランガは主に水の女神ラーウ様を信仰しておりまして…」

あぁ海に面した地区はそういうところが多いらしいな。要するに聖アリアドナと縁がないって言いたいんだろう。
そこまで話して、相手は固まった。唐突に服を探りだす。何なんだ。
出てきたのはボロボロの包装紙に包まれたボロボロの小さな箱。一体何年間放置されていたんだというぐらい、くたびれきっている。かけられたリボンなどちぎれかけている有様だ。

「は、花のお返しというわけではないんだが!……ま、まえから何度もお渡ししようと思っていて、だが、その……ええと、だから…持ち歩いていたんだが……いつも頭が真っ白になって忘れてしまいっ」

しどろもどろだが、意味は判る。おお、進歩じゃねえか!連続して喋れてるぞ。
思わず、うんうんと頷き返すと相手は表情を輝かせた。なんだか感動だ!初めて我が子と会話を交わしたときってのは案外こういう感動なのかもしれねえな!

「う、受け取ってくださいっ!」

おう、受け取ってやろうじゃねえか。
差し出された小箱を受け取る俺。喜びの眼差しで見つめられる。感動のシーンに違いない。
なかなかいいムードでその日は別れた。


翌日、俺は箱の中身をその場で確認しなかったことを後悔した。
指輪かよ!何でああいう感動のシーンで俺にはめてやらねえんだ、あいつは。
しかもサイズが微妙に違うっての。俺は騎士だからこんなに指細くねえ!
ったく、どーするかな。とりあえずポケットにでも放り込んでおくか。


<END>

満足に手も握っていないのに指輪のプレゼント。
ベルクートがプレゼントした指輪は黒真珠の指輪です。かなり高額。
もっともシードの方は箱のくたびれ具合とサイズに気を取られて価値に全く気づいていません。