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◆リオ・グラーナ(7)


サフィンが王都に帰ると家族が大喜びで出迎えてくれた。激しい闘いだったので、半ば覚悟されていたらしい。
そのまま飲めや歌えやのお祝いに突入し、主役としては抜けるわけにもいかず、サフィンはうれしさ半分、焦り半分だった。
そんな中、サフィンは思いもかけないことを聞いた。

「ほら、あの老舗のチャン家の旦那さん、色町からお迎えなさるそうな」
「けどあそこの旦那さん、嫁さんいらっしゃるだろうに」
「気の強い奥さんだから、嫌気がさしたんじゃないかい?色町の娼婦につぎ込んで、あげくに身請けするって言ってらっしゃるらしいよ。あそこに出入りしてる運び屋のダンにそう聞いたよ」
「おい、それってリオ・グラーナの男娼じゃないか?」

うわさ話をしていた使用人の女性二人に問うと女達はそういう名だった気もすると頷いた。

「もう引き取られたか?」
「いんや、まだみたいですよ、ぼっちゃん」
「ええ、闘いで情勢が不穏でしたからねえ」

サフィンは嬉しく思った。噂相手がシンとは限らないが、ぎりぎり間に合った可能性があるようだ。

「俺、身請けしようと思ってるんだ、その相手を」
「んま!ぼっちゃんのライバルだったんですか?」
「身請けだなんて、まぁまぁ!」
「ぼっちゃんもやっと身を固める気になられたんですねえ」

周囲は結構さんざんな言い様だ。しかし全体的に歓迎ムードなのはただ一人結婚していないサフィンのことを心配してくれていたのだろう。

「チャンの旦那なんかに取られちゃ恥だ。さっさと引き取ってこい」
「金は足りるのかい?」
「あんたもとうとう身を固めてくれるんだね」

チャン家は商売的にもライバルのためか、周囲はさっさと貰ってこいとあおり立てるムードである。

「判った。今から行ってくる」

今から!?と驚きつつも、酒の入った周囲は囃し立てるように送り出してくれた。

サフィンはとりあえず手元にあるありったけの金を袋に放り込むと家を飛び出した。



色町は夜が本番だが、それでも遅いと思われる時間帯に店へ飛び込んだサフィンはやや息を切らせて周囲を見回した。
時間帯が遅いためか、店内は少々閑散としている。売れてしまった娼婦が多いのだ。

「遅いお出ましだな…」

たまたま売れ残っていたシンは少し驚いた様子で奥のソファーからやってきた。

「あぁ。店主はいらっしゃるか?」
「ん?あぁいるが…」
「呼んできてくれ」
「構わねーが、何するんだ?」

サフィンはこの店ではシンしか買ったことがない。ゆえに用件もシンがらみだと気づいたのだろう。怪訝そうなシンにサフィンはきっぱり答えた。

「身請けする」
「……誰を」
「シンに決まってるだろう?」
「……俺は行き先が決まってるんだが」
「破棄してもらう。店主は?」

戸惑った様子のシンは動かない。しかし不穏な様子に気づいたのか、店の奥から中年の店主がでてきた。
サフィンの申し出を知ると店主は驚き顔であった。

「しかしこの子は行き先が決まっておりまして…」
「前金だ」

こういう店では金しか通用しないとサフィンは知っていた。手持ちの金が入った袋を放り渡すと店主は中身を確認し、満足そうに頷いた。
中身は金貨だ。しかも1枚や2枚ではない。前金としては十分な金額だろう。

「店主。俺は戦場帰りだ。ずいぶん血を浴びた。少々足りないぐらいだ」

サフィンはちらりとシンに視線を投げた。

「もちろん、俺は彼を引き取れるだろう?必要ならその引退間際のご老人の首を取ってくるが」

『引退間際のご老人』と称したことでサフィンが引き取り相手を知っていることに店主は気づいたのだろう。やや顔を強張らせながら頷いた。

「もちろんでございます。この子は貴方様の子でございますとも」

下手な返事をすると自分まで首を切られる危険性があると思ったのか、店主は引きつった笑顔で頷く。

「それを聞いて安心した。明日残りの金を用意しよう。……俺は来れるか判らないが、代理を立てるから彼を寄越してくれ」
「承知致しました」