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◆リオ・グラーナ(6)


「全く、敵もなかなかやる!!」
西の闘いは西と北の騎士団、そして地元の領主軍、さらには援軍の近衛第二軍と第三軍が加わり、混戦模様となっていた。

「第四軍も来るようだ」

サフィンが得た情報を告げると友人フェルナンは頷きつつ顔をしかめた。

「とうとう近衛も三つの軍が出動か。……限界だろうな。北への牽制を考えるとこれ以上近衛は出せまい。北のディンガル騎士団はこちらに出てきているから、ただでさえ北の守りは薄くなっている」
「……ディンガルはともかく西のバール騎士団は一旦引かせないとまずいだろう」

バール騎士団は戦場に最も近い位置に本拠地を持っている。その為、他の軍に先駆けて闘いへ入っていた。そのため、疲労も濃く、被害も他の軍より多かった。

「だから第四軍の投入が決定したんだろう。そろそろ正念場だ。上は第四軍投入で一気に決着をつける気だろう」

綺麗な友はやや疲労気味だ。昨日彼はサフィンの眠るテントへやってきた。聞けば寝込みを襲われかけたという。見目がいい者は余計な危険もあるらしいとサフィンは知った。
フェルナンは文句なしに見目のいい人物だ。彼は軍人としての才能もある。今回の闘いでも出世間違いなしの結果を既に出している。そのことが、よくも悪くも彼を目立たせ、やっかいごとも引き起こしてしまうようだ。

「死ぬなよ」
「お前もな」
「当然だ。私はいつか軍のトップに立つんだからな」

だから死んでもたまるかと自信たっぷりに言い放つ相手にサフィンは笑いながら告げた。

「じゃあ俺も生き残らないとな。お前に楽して引っ張り上げてもらいたいからな」



第四軍投入後は文字通り、総力戦となる激しい闘いとなった。
双方、少なからず被害を出し、ガルバドスは退いていった。
結果的に防衛できたことになるだろう。しかし戦場で失った命は多く、被害は大きかった。

「ディロン、ルーカス、キルキスが死んだ」

半身を血で染めた姿でフェルナンは告げた。手には複数の階級印。騎士服の首元につけるピンで、裏側には名前がイニシャルで彫り込まれている。形見として持ち帰られることが多い物だ。

「こっちはカウ、ピート、スクイアを確認したぞ」

同じく手にした階級印を見せつつ、サフィンはため息を吐いた。
生き延びることができた。何とか。文字通り何とか、生き延びたという気持ちだった。真横を飛んでいく槍。弾き飛ばした矢、なぎ倒した歩兵。切り捨てた騎士。
死を目の当たりにしつつ、駆け抜けた。酷い混戦だった。

「生き延びたな」
「あぁ」
「敵に囲まれたとき、死を覚悟して思ったんだ。私は帰っても待つ者がいない。なんて寂しいんだろうって。そう思ったら意地でも生き残りたくなった。何が何でも愛する相手を見つけて幸せになってやる。独り身で死ぬなんて悔しいじゃないか!」
潤いがなさすぎる!と笑う友は綺麗な顔が血でまだらだ。しかしそんな友がサフィンはまぶしいと思った。何という生命力、何という前向きな姿なのか。サフィンにはない根性やしたたかさを彼は持っている。それは騎士として何よりも素晴らしい才能だろう。土壇場で歯を食いしばって生き延びることが戦場でもっとも求められるものなのだ。

「独り身か…」

同じだな、とサフィンは何となく思った。愛する相手と幸福に。他の兄弟達は既に得ている幸福だ。自分だけが兄弟の中で取り残されている。
唐突に花街の馴染みの相手が思い浮かんだ。彼は身請け先があると言っていた。どこかの商家に行くのだと。そのときは聞き逃していたが、ちゃんと聞いておけばよかったと思った。無性に顔が見たくなる。彼は待っていてくれているだろうか。

(いや、そんなわけないか。身請けされるんだし…)

そう思うと急に寂しくなり、後悔がよぎった。何故もっと早く考えなかったのだろう。彼を失う可能性を。いや、気づいていたが、実感として考えていなかったというべきか。
彼が身請けされると言うことは彼を失うのと同じ意味を持つのに何故何も思わなかったのだろう。

(……もう引き取られてしまっただろうか…)

士官学校の時、初めて出逢った。その後、ずっと彼の元に通っていた。
月に一度のペースだったが、出征など仕事以外でそれを崩したことはない。他の娼婦も2,3度ぐらいしか買ったことはなく、ほぼ、彼だけに会いに行っていたのだ。

(もし間に合うなら…)

闘いは長引いた。もう彼は身請けされてしまってるかもしれない。けれど間に合うなら彼を引き取りたい。あまりに遅すぎたけれど、もし間に合うのであれば!

(金、金……足りるかな?)

幸い、さほど遊んでいたわけでないので金は貯まっている。実家暮らしなのでそういう意味でも貯金しやすかったのだ。

「俺は……身請けしようかなと思う」
「へえ?例の馴染み相手か。とうとう身を固めるのか」

うまくいくといいな、と笑まれ、サフィンは頷いた。

「ああ、そうだな」

どうか間に合ってほしい。そう思った。