「ちょっと西に仕事へ行ってくる」
サフィンがなるべく軽くそう告げると花街の馴染みの相手は激怒した。
「…っ、馬鹿かテメエは!!おつかいに行くのと違うんだぞ!!んな呑気なこと言ってる場合か!?あぁ!?」
相手を不安にさせないようにと思い、サフィンなりに軽く誤魔化したつもりの台詞は罵声によって返された。
(…失敗したみたいだな…)
やっぱり俺は真面目で堅い。冗談がヘタなんだな、とサフィンは反省した。気遣ったつもりが逆効果だったようだ。シンは毛を逆立てたネコのように怒っている。
「……生きて帰れるかわかんねーんだぞ」
「そうだな」
「テメエは行くばかりだからな。待つ者の気持ちなんざ判らないんだろ」
「…そうだな」
待ったことがないので判らない。それは事実だったのでサフィンは生真面目に頷いた。
相手の表情は見えない。相手が深く俯いているからだ。サフィンは不安になり、顔をあげさせようと手を伸ばした。しかし相手はサフィンの手を叩き返すように打ち払い、いやがった。
「シン…?」
「…っ……何でもねーよ。ほらよ、お守りだ」
手のひらサイズの小袋を手渡された。
「ん、ありがとう」
この手の物は出征時によくもらうため、サフィンは深く考えることなく受け取った。
「絶対生きて帰ってこいよ」
「うん」
「…俺ぁいねえかもしれねえが」
「え?何で?」
「身請けの話があんだよ…」
震えるような声で告げられ、サフィンは驚いた。相手が身請けされるとは考えてもいなかったサフィンだった。シンは俯いたままだ。サフィンの返事を待っているのだろう。
「身請けかぁ。お金持ちの人がいらっしゃったんだね」
思った通りに呟くとシンの体が小さく揺れた。
「…まぁな。けど…俺は結構安いからな。だいぶ金も返しちまってるし。放っといても、あと一年も頑張れば返せたと思うぜ」
安いんだ、ということを強調される。ならばサフィンにも買える金額なのかもしれない。しかし、サフィンはそうなのか、と単純に思っただけだった。
「へえ…」
「お前は……」
「ん?」
「……いや、なんでもねえ。相手は王都で商売してるらしい。…どこかで…会えるかもな…」
そのときはよろしくな、と小さな声で言われ、サフィンは頷き返した。何となく相手の元気がないことに気づいたが、出征する自分の身を案じてくれているのだろうと思っただけだった。
(ちょっと寂しくなるな…)
何となくそう思った。