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◆リオ・グラーナ(4)


二十代半ばというのは娼婦にとって分かれ目の時期だ。
男娼は十代半ば、娼婦は十代後半が売れ頃と言われている。男よりは女の方が売れる時期も長いが、情が左右する商売だ。うまく客を掴むことが出来れば、それだけ売れっ子としての寿命も延びる。
二十代半ばは娼婦が先行きを考える時期だ。上手く年期を終えて花街をでることが出来る者もいれば、逆に一生逃れられぬ者もいる。
シンは男娼としては寿命が長い方だ。男娼は年期を終えて町を出る者は少ない。二十代になる頃には男娼を引退し、別のところに労働者として売られるか、下働きや護衛などで金を返していく者が多い。
シンが男娼としてやっていけたのは、いい客が常連に多かったおかげだ。
確かに多少見目はいいが、ずば抜けているほどでもなく、それほど愛想がいいわけでもないシンだ。売れっ子になれる要素は少ないと言ってよかった。
しかし媚びを売るわけでもなく、さっぱりした性格が一部の客に気に入ってもらえた。そして運良くそれらの客は性格もよかった。常連としてついてもらえたおかげで、シンも男娼を続けることができた。

(あいつ次はいつ来るかな…)

サフィンは常連の一人だ。
シンの客は何人かいるか、常連は年配の者が多い。シンは若い客の相手もするが、若い者は好奇心旺盛なのか目移りも多く、幾度も来る客は少ない。サフィンは常連客の中ではもっとも若く、もっとも古い馴染みの客だった。
出逢ったときは仕官学校生だった。その後、順調に騎士になり、勤めだした後もやってきた。そのまま、途切れることなく、月に一度のペースでやってくる。淡々としたペースで、しかし足が遠ざかるわけでもない、そんな客だった。

(たまには早く来いってんだ)

馴染みの客に悪い客はいない。しかし気が合う客や好みの客というのはあって、シンはサフィンが好きだった。最初は3つほど年下の相手に生意気だと思っていたが、年を追うに連れ、そんな気持ちもいつしか消えていた。真面目な性格の相手は仕事も真面目にこなしているらしく、少しずつ騎士らしく成長し、今では立派な若手騎士だ。
騎士というのは一般的にエリート職なのでそんな相手が馴染みの客についていることを同僚たちにも羨ましがられている。サフィンは真面目そうな雰囲気なので尚更良い相手に見えるらしい。本気で羨ましがられるのはシンとしても悪い気はしない。実際、サフィンはいい客なので尚更だった。

(出征するって言ってたな…)

サフィンは近衛騎士だ。出逢ったのは士官学校時代だが、ひょろりとして頼りなく見えたので、地方領主軍にでも入るのだろうと思っていた。ところが卒業後、近衛騎士団の制服を着てきたものだから驚いたのを覚えている。近衛騎士は騎士の中でもエリート中のエリートなのだ。シンはその時初めてサフィンが優秀な騎士であることを知った。

(あいつ…俺のことをどう思ってるんだろ)

シンがそう思い始めたのには理由があった。

『うちに来ないかね?』

そう言ってくれた相手がいた。
年齢的にシン自身、先行きを考え始めていた矢先のことだった。
相手はそこそこ良い商売をしている店の店主で、シン自身、悪くない話だな、と思った。
しかし思い出したのがサフィンの顔だった。

(あいつは何も言ってくれねえ……)

ずっと通ってくれている。けれどまめに来てくれるわけではない。月に一度、思い出したように来てくれるだけだ。そんな相手にとって自分が特別な相手のはずがない。
今回の話は本当に悪くない話だ。残った金も相手が負担してくれるという。実質、身請けに近い状態で向かうことになるだろう。店主も乗り気だ。お前は恵まれてるぞと喜んでくれた。実際、いい話だから恵まれているのだろう。
軍人なんていつ死ぬか判らない。サフィンもまめに来てくれる訳じゃない。ずっと来てくれる良い客ではあるが、ただそれだけだ。そう思いたいのに心が裏切る。

(闘いが近いって…)

早馬が走ったらしい。西が一触即発状態と漏れ聞いた。

(あいつ……出るのか?)

サフィンが死ぬかもしれない。そう思っただけで体が竦み、心が凍り付く。
不安で仕方がなかった。