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◆リオ・グラーナ(2)


リオ・グラーナはこの町に多い、男娼と女娼婦、両方を扱っている店だ。
店に入ってすぐに十代前半の女の子に声をかけられた。女の子はちゃんとサフィンを覚えていたのだろう。シンを呼んでいいかと問われる。しかし女の子が呼ぶ前に当人が出てきてくれた。
黒く長い髪は背の中程まである。茶色の瞳は男娼にしてはやや鋭い。声も低くハスキーな声だ。背はサフィンよりやや低め。しかし目立った体格差があるわけではない。
そんな馴染みの相手はサフィンにニッと笑んだ。

「久しぶりじゃねーか」

毎回同じ挨拶だ。一ヶ月ぶりというのは久しぶりになるんだな、と毎度のごとく思いながら、サフィンは頷き返す。
問われるまでもなくそのまま部屋へ案内される。実際、彼に会いに来たので否定する必要もないため、サフィンはそのまま相手の後を追った。


シンは売れないわけではないらしい。しかしずば抜けて売れっ子というわけでもないらしい。
それは彼の部屋にも現れていた。高級娼婦のように豪華な部屋というわけでもなく、かといって狭くて汚い部屋というわけでもない。その部屋はサフィンも慣れた部屋だった。

「最近、ちょっと西が不穏なんだって?西からの商人どもが言ってたぜ」

シンには好みの酒も覚えられている。毎回同じ酒が何をいうでもなく用意されている。

「んー?…んー…そうなのかな…」
受け取ったグラスを回して香りを楽しみつつ、サフィンは曖昧に答えた。仕事上の情報は口外できぬようになっている。心の中だけで当たりだ、と呟いた。

「まぁ王都まで攻め込まれた日にゃあこの国の終わりだろうが、きな臭えのは面倒だな」

闘いが近づくと流通が滞る。商人達の落としていく金が減ると花街には影響が出る。平和なときが一番稼げるのだ。

「まぁお前は近衛だ。よほどデカイ闘いにならねえと出ることはねえだろ?それに近衛は五軍もある。出征することになったところでお前のいる軍とは限らねーだろうし…」

近衛は他地方の支援も行うが、基本は王都守護なのだ。

「いや、闘いになったら俺は出征すると思う」

サフィンがハッキリ答えるのは珍しい。そのことをシンも知っているのだろう。シンは驚きの表情を見せた。

「そうか……」

シンの表情が曇った。サフィンはその意味を深く考えなかった。心配してくれてるんだな、と思っただけだった。


サフィンの実家は商売をやっている。
住み込みの使用人や出入りの業者が出入りする家はいつも賑やかだ。
跡継ぎの長男と家の手伝いを選んだ三男の子供達が賑やかに庭で遊んでいる。サフィンには甥、姪にあたる子供達だ。
サフィンは四人兄弟の二番目だ。妹は去年嫁いでいった。独身はサフィンだけになり、少々肩身が狭くなりつつある。
甥っ子姪っ子たちには『騎士様かっこいー』『俺も騎士になりてー!』と憧れてもらえているようだが、大人達にはさんざんだ。『いつ死んじまうか判らない危険職なんだから、とっとといい嫁さん貰って、親を安心させておくれ』と言われている。皆に憧れの騎士も家族には形無しだ。

「サフィン、品出しを手伝っておくれ!」

母に呼ばれ、サフィンは返事をして立ち上がった。商売をしている実家住まいだと仕事が休みの日であろうとゆっくり休めることはない。
店の前に出ると大きな荷物を積んだ馬車が止まっていた。使用人たちを中心に男達がせっせと荷を下ろしている。

「手伝うぞ」
「サフィン坊ちゃん、ありがとうございます」

子供の頃から顔なじみの年配の使用人に嬉しそうに声をかけられ、サフィンは笑顔で頷いた。
サフィンも早速シャツを腕まくりして、馬車に乗ると大きな荷物をどんどん下ろしていく。騎士として鍛えているサフィンは誰よりも仕事が速い。使用人達も慌てた様子で荷を受け取っていく。
あらかた馬車の上の荷物を下ろし終えたとき、カランカランと大きな鐘の音が聞こえてきた。サフィンは聞き覚えある鐘の音に慌てて馬車から飛び下りると通りの先を見た。
サフィンの視線の先で、同じように鐘の音を聞いた者達が急いで道を空けていく。その開いた道のど真ん中を勢いよく馬が駆け抜けていった。

「…早馬!西門からということはゼイガル砦からか!」

サフィンには早馬がくる心当たりがあった。最近、西に不穏な動きがあることはサフィンが所属する近衛第二軍にも情報として入ってきていた。

「…坊ちゃま?」
「何かあるんですかい?」

早馬を見送った使用人や家の中から出てきた子供達に不安げに見つめられ、サフィンは慌てて首を横に振った。

「いや…すまんが、本部へ行かねばならなくなった。最後まで手伝えなくて悪いな」

サフィンは子供達の頭を軽く撫でると、いいんですよと言ってくれる使用人たちに笑みを向け、自室へ戻った。急いで騎士服へ着替えると家を飛び出す。

(出征があるかもな…)

近衛五軍のうち、今回の件に一番精通しているのは第二軍だった。万が一の事態にでることになるのは第二軍である可能性が高い。
逸る気持ちを抑えながらサフィンは本部へ急いだ。