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◆水に映りし夢を見る(3)

サフィンは不機嫌だった。
彼はフェルナン副将軍の指揮する左翼にて部隊を率いていた。そこでミスティア領方面からの隊と合流したのだが、そこにアルディンが居合わせたのだ。

(俺、この人とこの手の縁があるんだろうか…)

サフィンは過去、アルディンとニルオスの関係に巻き込まれたことがあった。サフィンにとってははた迷惑なことだったが、そのせいでアルディンとは顔見知りだ。

サフィン、フェルナン、グリークはニルオスに極秘命令を出されていた。それは条件付きの命令だったのだが、サフィンは運悪くその『条件付き命令』の条件に合致する状況に陥っていた。
フェルナンとグリークならばあえて無視した命令かもしれなかった。しかし生真面目なサフィンはため息混じりに命令を実行することにした。

「ニルオス将軍からの伝言がある」

人払いをし、サフィンはアルディンに小声で告げた。ニルオスの名にアルディンの表情が強張る。サフィンは相手に心から同情したがサフィン自身はニルオスの部下である。上官の命令には従わざるを得なかった。

「敵将の首を欲しくないか?こちらとしても首は大手柄だから欲している。不要というのであればこちらで頂く。欲しいのであれば条件次第でくれてやってもいい…とのことだ」

アルディンにとって敵将の首は自軍の仇と言ってもいい。喉から手が出るほど欲しいだろう。前戦の敗北を挽回するチャンスでもある。
一方の第二軍としても敵将の首は大手柄に繋がる。今回の戦いはニルオスが将軍に立って初めての戦いだ。勝利の重みが違う。にもかかわらず大チャンスを譲ってやろうと言っているのだから大判振る舞いと言っても良い。

「…条件は?」
「勝利後に何でも一つ言うことを聞けと言っていた。既に内容は決めているが他人からそれを聞くのは気の毒だろう…だそうだ」

ここまで言われると内容がろくでもないことだと気づく。アルディンも気づいたのだろう。顔を引きつらせている。しかし諦めたのか頷いた。

「判った。受ける」
「いいだろう。第二軍は第五軍をサポートする。俺が貴君の隊を直接補佐するよう命じられている」
「判った。よろしく頼む」

サフィンは頷いた。そして部下に合図を行う。部下は第二軍の本隊へ合図を出している。これで他の二軍の隊もサポートという形で動いていくだろう。

(俺たちとしては勝てればいいんだが…)

アルディンをあおりはしたが、第二軍は口に出して言うほど敵将の首は欲していないのだ。ニルオスは知将としての実力を内外に示すことができればいい。ゆえに完全勝利さえしてしまえばいいと考えている。
あまりに大きな武勲を立てると他軍に妬まれる。そうなると次の戦いに出陣しづらい。だから今回はそこそこ手柄を立てることができればいいとニルオスは言っていた。そのことをサフィンたち部下も知っている。

(ホントに悪魔だ…うちの将軍は)
すべてが計算尽くの行動。そのターゲットになっているアルディンにサフィンは心から同情した。