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◆水に映りし夢を見る(2)

「最近は出陣が多い。シンに恨まれそうだ…」
サフィンがぼやく。彼には歓楽街から身請けした恋人がいる。

「待つ者がいるというのは幸せな事じゃないか。私にはいないんだぞ!」

恨めしそうにフェルナンは答えた。恋人づくりには積極的なのだが多忙なせいかなかなか恋人ができないフェルナンである。

「てめえら緊張感なさすぎだ。大仕事の前なんだからもっと緊張しやがれ。アルディンが生きてるかどうかわからねえんだぞ」

総大将からの命令は微妙に私情込みだった。
そこかよ、とサフィンとフェルナンは心の中で突っ込んだ。
お互い軍人だしいつ死ぬか判らないなどと薄情なことを言っていたわりに相手の無事は気になるらしく、ニルオスは微妙に不機嫌だ。

「クロス騎士団の方が被害は大きいようだな。南でのんびり畑作りなんざしてるからこういうことになる。戦いが終わったら基礎から叩き直しやがれってんだ。おかげでこの俺様が苦労する」
「「畑?」」
「クロス騎士団は任務に畑作りってのがあるんだよ」

騎士団が畑作りかと真面目なサフィンも思わず呆れた。のんびりした気風の騎士団とは聞いていたがさすがにそれは騎士として問題だろう。

「畑ねえ……作ってくれても構わないけど弱いんじゃ話にならないね…」

フェルナンもため息混じりだ。入ってくる情報では最初に崩壊したのはクロス騎士団だ。動揺して陣を壊したクロス騎士団に巻き添えをくらうような形で近衛五軍もめちゃくちゃになったようだ。幸い、近衛五軍の後方に位置していた部隊はかろうじて持ちこたえたらしく、ミスティア領方面へ撤退できた部隊がいたという情報が入ってきた。

「グリーク副将より伝令。第五軍ルーカス部隊と合流したとの報が入りました。生存者4割とのことです」
「了解。ルーカス隊はそのままグリーク隊と合流し、配置につけ」
「了解しました」

戻っていく伝令と入れ替わるように新たな伝令がやってくる。

「ミスティア領より伝令。メルヒン領での敗北を受け、第一級警戒態勢を取るとのことです。領主軍は半数をメルヒン領へ援軍へ出すとミスティア領主より連絡が入りました。先発隊の出陣は明日早朝とのことです。総数約一千騎。ラヴァン隊長指揮です」
「了解。ミスティア領との境に位置するドルテ砦方面へ逃げ延びた生存者がいる可能性がある。その部隊と合流するよう指示を出せ。大隊長以上の生存者がいた場合、合同指揮。いなかった場合はラヴァン隊長指揮下へ入るように」
「了解しました」

命令を受けた伝令が戻っていく。
入ってくる情報を元に地図へあれこれ書き込んでいるニルオスは態度は悪いが有能な将である。矢継ぎ早に出される指示は迷いがなく的確だ。
ドルテ砦方面からの連絡が入ったのはその日の夕刻のことであった。


+++


「うちの斥候が、第五軍の斥候に会った。シード大隊長が生きていたようだな、彼に派遣された斥候だ。状況がだいぶ掴めたぜ」

ニルオスは説明しつつ地図に書き込んでいる。
第二軍本隊は戦場の北方約二十キロのところまで来て陣を敷いていた。先発隊のグリークもやってきている。天幕の中には将軍のニルオス、副将軍のグリーク、フェルナンが集まっていた。

「なかなか頭の切れる男のようだな。シード大隊長が後背を守っていたおかげで、思った以上にミスティア領方面へ逃げ延びた兵が多い。崩壊したというガラン、ペルー大隊の兵も現在はシード大隊長指揮下に入っているようだ。ところどころに斥候が出されているようだから、あちらも、ある程度情報を掴んでいるだろう。あとアルディンも一緒のようだ」

「それはよかった」
「あぁ何よりだ」

そこが重要だと言わんばかりにフェルナンとグリークが頷く。
他の隊長らの無事を祈っていないわけではないが、アルディンの無事はフェルナンとグリークにとって重要なことだった。何しろ上官の機嫌が違う。その上、彼はミスティア家の出自だ。今回はミスティアに隣接する領での戦いのため、彼の生死が戦況に影響を及ぼす。なんだかんだ言っても貴族の力は戦いに影響を及ぼすのだ。ましてミスティア家のような大貴族であれば尚更だ。

「さぁて状況が掴めてきた。作戦を告げるぞ」

ニルオスが地図を指先で叩く。重要な作戦を告げるときの彼の合図だ。
性格は悪くとも彼の読みと作戦が間違っていたことはない。とにかく頭のキレはいい男なのだ。

「「御意」」

グリークとフェルナンは同音で答えた。