近衛第二軍は情報収集に長けた軍である。理由は簡単、幹部が情報を重視するメンバーでなおかつ情報収集を得意とするからだ。自然とその風潮は第二軍全体に広まりつつあった。
その第二軍に南方の隣国グロスデンに不穏な動きがあるという報が入ってきたのは、南方の守護担当クロス騎士団との演習に第五軍が遠征へ出た直後のことであった。
「チャンスだな。こいつを利用することができれば我が軍の評価を確固たるものにすることができる」
第二軍将軍ニルオスは灰色の髪と一重の細い目をした痩せた青年である。武術ではなく頭脳で軍のトップまでのし上がった男は二人の副将軍であるグリークとフェルナンを振り返った。
「すぐに出陣できるよう準備しろ」
「アルディン殿が死んでたらどうするんだ?」
第五軍に所属する大隊長の一人アルディンはニルオスの恋人だ。恋人にするまでの過程で協力した経緯があり、フェルナンとグリークは知っていた。
「あぁ?そのときはそのときだ。お互い軍人やってる以上、何処で死ぬのかなんてわからねえだろうが」
当然といえば当然、冷酷と言えば冷酷な台詞にフェルナンは顔をしかめた。こういうところは合わないと思うフェルナンである。
「心配せずともそう簡単には死なねえだろうよ。そんな弱いヤツに惚れた覚えはねえ」
一応惚れているのかとフェルナンは驚いた。だったらもっといい扱いをしてほしいものだ。傍目から見たら一方的に嬲っているようにしかみえない。恐らく向こうも同じように思っているだろう。
(まぁいい。我々には無関係だ)
今は武勲を立てるチャンスを確実にものにするための準備をするべきだろう。フェルナンはそう思い、部下に指示をだすため、部屋を出た。
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第二軍はトップが知将であるため、副将軍が実戦指揮を執る方式をとっている。
副将軍の一人グリークは軍人らしい大柄な体格とハッキリした裏表のない性格の青年だ。
グリークとフェルナンはコイントスでどちらが先に出るかを決めた。
「表だ。先発隊を貰ったぞ、フェルナン」
嬉しげにグリークが言い、フェルナンは肩をすくめた。
「仕方ないね」
グリークは先に戦場へ向かい、フェルナンはすぐに出陣できるよう、王都近くに待機した。
その間、入ってくる報は予想以上に悪かった。クロス騎士団と第五軍は不意を突かれてめちゃくちゃに崩壊してしまったらしい。死者の数は予想を遙かに上回っていた。
「……アルディン大隊長は無事なのか?」
フェルナンが伝令に問うと伝令は目を丸くしている。
「グリーク副将軍も同様の事をお聞きされました。生憎生死の確認は出来ておりません」
伝令にしてみれば何故アルディンの無事だけを問うのか疑問だったのだろう。大隊長は他にもいる。
(生きていればいいが…)
状況的に将軍と二人の副将軍の生存は絶望的だという。そうなるとその次のトップは大隊長たちだ。
大隊長はそれぞれ千騎前後の部下を率いて、戦場で最前線に立つ。将軍の出す指示を実行するのが大隊長だ。実戦指揮官のトップと言っていい。
当然ながら、指揮官クラスでは大隊長たちの死亡率が一番高い。首を狙われ、一騎打ちを挑まれることが多いのも大隊長たちだ。
しかし、彼等の武術レベルは高く、そう易々と死ぬこともないのだが、通常の戦いでの話だ。今回のように不意打ちされ、軍が崩壊してしまえば各隊長たちの状況判断と隊をまとめる能力が試されることとなる。
「ニルオスみたいなタイプがいればいいんだがね」
フェルナンの呟きにフェルナンの部下サフィンが問う視線を向けてくる。
「ある程度、軍全体の動きを読みきれる者がいれば、他の隊をフォローしつつ退けるだろう。立て直すことは無理にしても被害拡大を防ぐことはできる。そういうタイプがいればいいんだが…どうなのかな。第五軍のことはよく知らないから何ともいえないけれどね」
サフィンは少し考えた末、口を開いた。
「第五軍には後方支援の上手い大隊長がいると聞いたことがある。常に後方支援をしている人物だそうだ。少しは望めるかも知れないぞ」
「へえ。名はなんと言うんだ?」
「覚えていない。ただ…かなりの皮肉屋だと聞いたことがある。そのせいで上に疎まれて後方支援に回されたんだと」
「そうか…」
フェルナンたちの元に先発隊のグリークから新たな報が入ったのはその翌日のことだった。