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◆砕けぬ夢を見る(9)

シードはうんざりしていた。
知将であるニルオスの第二軍に対抗するためにはできるだけ多くの情報が欲しい。
そのために様々な情報が集まる歓楽街へやってきたシードは目立たぬように地味な私服に着替え、ごく一般的な民を装っていた。
元々派手な容貌でもなく、貫禄があるわけでもないシードだ。着替えてしまえば大した特徴もないシードは多くの人々に埋もれてしまう。おかげで誰にも気づかれることなく、歓楽街まで来ることができた。
目に付いた大きな佇まいの店へ入り、適当な相手を選んで話を聞くつもりだった。ただそれだけの予定だったのに……。

(何でこういう事になるんだか……)

たまたま選んだ娼婦は小柄な目立たない女性だった。もっとペラペラ喋ってくれるような明るい女性がよかったが、まあいいかと思って話しかけていた。女性は二階席を気にしているようだった。話題として問うと女性はちょっと顔を赤らめつつ、近衛騎士様がご来店していらっしゃる、それも隊長クラスの立派な方々なのだ、と答えた。格好いい方々ばかりでとても素敵だと女性は告げた。大人しそうな女性でさえ浮き足立っているのだ。他の娼婦たちもしきりに上階を気にしている。なるほど、そういう事情かとシードは思った。

(顔の良い奴らでも来てるのかもな)

まぁおかげで目立たずに済むからいいかとシードは思った。
そこへその娼婦を贔屓にしている男がやってきた。男は入店した途端、女性の隣にいるシードを睨むと絡んできた。

(一般兵か……)

ならば部下にいたのかもしれないとシードは思った。生憎第五軍だけでも部下は一万騎を超える。死者が多かったので現在は一万を割っているが、それでも何千という部下が生き残ったので一般兵までは覚えちゃいないシードである。

男には三名ほどの連れがいた。どの男もお世辞にも柄がいいとはいえない。激しい戦いを生き残った男達は血が滾っているのだろう。何人かまとめて買おうかなどと言い出した。

「なんならテメエもどうだ?一緒に楽しもうぜ。一晩中飽きさせないぐらい楽しませてやるからよぉ」
「あぁ、いいな。安心しな。他にも適当に見繕ってやるからよ。一人で四人を相手にしろなんて言わねえって」
「あぁ。金なら俺たちが払ってやるさ。生き残ったおかげで金はたんまりあるからなぁ」

酔った男達は下品な笑い方をしつつ周囲を見回している。
そのうちの一人がシードに手を伸ばしてきた。シードは舌打ちし、どうやって逃れようかと考えた。出来ればあまり目立ちたくない。しかしすでに店中の注目を集めている。目立たないつもりだったのに何故こういうことになるのか。アルディンの件といい、呪われているかのようだ。
シードに伸ばされた腕は飛んできたグラスによって弾き飛ばされた。

シードはぎょっとしてグラスが飛んできた上方を見た。
二階席の柵から下を見ている騎士がいる。

(……げ!ありゃステファンじゃねえか?)

入った店は一階席と二階席に分かれ、吹き抜けで繋がっていた。シードが案内された席は一階席。二階席の方が高価だと判ってはいたが、目立ちたくなかったので最初に案内された一階席のまま、文句もいわずにいたのだが、どうやら二階席にシードの知る先客がいたらしい。
グラスを投げつけたと思われるその騎士は二階席から数メートルの高さを恐れることなく飛び降りてきた。
その華麗な動きに周囲から感嘆の声が上がる。

「その人から離れろ。今ならまだ許してやる」

リンとした声が響く。
やや癖のある茶色の髪を後ろに流した長身の男は隊長職の証である肩当てのあるマントを羽織り、堂々とした態度で数人の男に向かい合った。

「あぁ?さすがは正義感の強い騎士さまだなぁ。一般人をお助けしますってか?」

騎士とはいえ、相手が一人なので強気なのだろう。酔った男達は喧嘩する気満々だ。

(うぁ、あいつらもいるのか……)

シードは別のことに気づき、それどころではなかった。階上には他にもいたらしい。彼等は慌てた様子で階段を駆け下りてきた。
シーッ!!と指で合図すると彼等はちゃんと黙り込んだまま駆けつけてきた。
もっとも黙っていたところで、思い切り目立ちまくりだがシードの素性がばれるよりマシだろう。

「し、シードさま、お怪我はあられませんかっ!?」

真っ先に駆け寄ってきたのは大隊長ダーフィッド。プレイボーイ風の色男は一応周囲をはばかり、小声で問うてきたが、周囲があまり目に入っていないのは明らかだ。完全にシードしか目に入らぬ様子でシードのことを気遣っている。

「い、一体何故このような汚らわしいところへっ!?」

焦った様子で問うてきたのは中隊長の大柄な男パウル。心底不思議そうな様子にシードは呆れた。黙っていれば好感のもてる気の良い男なのに一体何を問うているのか。

「あのな、テメエらもその汚らわしいところに来てるだろうが。俺だって男だ。そんなところに疑問を感じてるんじゃねえ……」

「シード様、お一人で行動されるなど危険な行為は慎んでください」

冷静に苦情を申し立ててくるのは中隊長のヒルスだ。くどくどと説教が続きそうな雰囲気にシードは後にしろとあらかじめ釘を刺した。

どうにか目立たないように…などと考えていたシードはあっという間に駆けつけてきた部下達に取り囲まれた。ハッキリ言って目立たないどころではない。目立ちまくりだ。

(しかも、よりによって制服かよ、テメエら……)

ステファンたちは仕事を終えたまま、歓楽街に来たのだろう。全員が制服姿だった。
騎士は騎士でも階級によって微妙に制服が異なる。
部下達は全員が近衛軍の制服…それも隊長クラスの服を着ている。それも当然だ。全員が中隊長と大隊長なのだ。近衛騎士というだけでも目立つのに幹部である隊長クラスじゃ目立たないはずがない。
さきほど『上階に格好いい近衛騎士の方々が…』と語っていた小柄な女性は間近にその相手を見て、うっとりと顔を赤らめている。

(…ってこいつらのことだったのかよ…)

上階にいるという隊長クラスの近衛騎士がまさか自分の部下とは思わなかったとシードはうんざりした。『格好いい近衛騎士』が『世話を焼いている賑やかな部下』と結びつかなかったのだ。

その間にも部下は勝手に結論を出したらしい。ステファンはすらりと剣を抜いた。
その隣に立つ大隊長バディが土の印を発動させ、男達の動きを封じている。

「名と所属を言え。遺言ぐらいは届けてやろう」

極刑だ。周囲に緊張が走り、悲鳴を飲み込む声が聞こえる。
青ざめて震え上がる男達はすっかり酔いも覚めた様子で逃げる気配もない。近衛騎士の隊長クラスが数人では逃げれるはずもないが、怯えきって足も動かぬ様子だ。

「待て!」

ぎりぎりで気づいたシードは制止した。
シードの声にステファンは剣を下ろし、振り返る。
バディは男達の前に歩いてくるシードに場を譲るように身を引いた。
隊長たちがシードの命令に従っていることでどちらが上官であるか気づいたのだろう。側にいた大人しい娼婦が驚く様子が目に入ってくる。

「殺気を抑えろ。ここは花街だぞ。戦場じゃねえ」

命じ慣れた様子で告げ、シードは不運な男達に向き直った。

「運が悪かったな。これに懲りたら、今度から遊ぶときはこの街のルールに従った遊び方をすることだ」

本当に不運な奴らだと思う。絡んだ相手が相手だったばっかりに殺されかけたのだ。何とか生き延びて帰ってきたというのに花街で殺されそうになるとは彼等も思ってもいなかっただろう。

「店主はいるか?」

「はっ、はいっ!!」

青ざめた様子で店の奥から初老の男が駆け寄ってきた。

「騒がせて悪かったな。本日のことは口外無用だ」

これだけ騒ぎになれば口外も何もあったものではないが、一応そう告げるとシードは部下を振り返った。ステファンが心得た様子で店主にチップ代わりの銀貨を渡す。チップとして銀貨は高価すぎるが迷惑料が含まれているので妥当だろう。

シードは部下に向き直った。

「こいつらを殺さず傷つけずに連れてこい」
「「御意」」

折角花街まで来たのに、収穫なしで帰るつもりはない。シードは聞き出せなかった情報を男達から聞き出すつもりだった。