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◆砕けぬ夢を見る(10)

軍規違反を犯した兵達を牢に隣接した取り締まり室へ連れ込み、シードは部下に人払いを命じた。

「シード様、あの者らの取り締まりごとき、部下にお任せください」
「そうです。シード様自ら行われるほどのことではありませんっ」

それはそうだろう。普通、副将軍自ら行うようなことではない。しかしシードには自ら行わねばならない事情があった。

(アルディンの為に少しでも第二軍の弱みを握らなきゃならねーんだよ)

「ほっとけ」

シードはそっけなく告げた。とても説明する気になれないのだ。

「そんなわけにはまいりません!」
「そうです、せめて我々が行いますから!」

部下は離れてくれようとしない。
シードはため息を吐いた。
諦めるしかないのか。おかしな行動をとっている自分に無理があるので部下が納得しないのは当たり前だ。自分が部下の立場でも納得しないだろう。言いたくない言いたくはないのだが…。

「あのな……お前ら、特殊な性癖を知っているか?……ほら、ご主人様とペット…とかよ…?」

部下達は揃って目を丸くした。

「し、シード様?一体、何を……」
「はぁ…それは…サドとマゾ…とか申すものでございますか?」
「存じてはおりますが、身をもっては知らないと申しますか」
「シード様、そういったご趣味がおありで?いえ、私は興味ありませんが、シード様のためならば何でも致します所存で…!」

どうもおかしな方向へ向かっているようだ。シードは顔を引きつらせた。

「待て、落ち着けテメエらっ!俺はんな趣味ねえ!ただ、狙われてるだけだっ!」

興奮したシードは『アルディンが』狙われているということを言い損ねた。
当然ながら部下達は『シードが』狙われている思いこみ、驚愕した。

「一体どなたに狙われていらっしゃるのですかっ!?」
「絶対お守り致しますぞ!!」
「無理矢理とはよくありません!!必ずお守り致しますっ」

どうやら味方になってくれるらしい。熱すぎるほどの熱意が少々鬱陶しいが、当初の予定が崩れた以上、やむを得ないかとシードは思った。何が何でもアルディンは守らねばならないのだ。第五軍の為に。

「第二軍だ。いいか、テメエら。俺は第五軍を第二軍の下につける気はねえんだよ。だが今のままじゃ第五軍は第二軍に弱い。相応の弱みを握るか、条件を引き出して、対等の位置に立ちたい。ただ相手はニルオス将軍だ。彼は非常に頭が切れる。下手なやり方じゃ逆に足下を掬われかねねえ」

そうでしょうと部下達は頷いた。

「まぁお任せください」
「ええ、大丈夫です」
「シード様の手を煩わせるほどでもありません」

妙に自信たっぷりの部下達にシードは怪訝そうな顔になった。
「あぁ?どうした、テメエら」

「シード様お忘れで?アレクサンダーとティカは今、第二軍ですよ」
「アルゴのところのヘンリーも昨年から第二軍です」
「以前第4小隊にいたアンドリューも今は第二軍です」
「他に動かせる部下もいますし、情報収集なら幾らでも可能ですよ」
「第二軍には借りもありますしね」
「第五軍はそれほど第二軍に劣りませんよ」
「貴族力もありますからね。アルディン様がいらっしゃるのは結構使えます。弱みを握れなくても、各領主との連携でいい条件引き出せると思いますよ。なんだかんだ言っても遠征にでたら遠征先の領主とのかねあいが出てきますからね、ニルオス様も無視できません」

思った以上に情報ルートがあるらしい。シードは驚くと同時にありがたく思った。
(へー、なかなかやるじゃねえか、こいつら…)
極端な話、第二軍と対等に渡り合えるだけの弱みならぬ情報さえ得ることができればいいシードは部下達の盛り上がりの理由を追及しなかった。
「じゃあ頼んだぞ」
この場はお任せくださいと言われ、そのまま部下に促されてその場を立ち去ったシードは部下達の熱心さの理由に気づかなかった。

「シード様を第二軍なんかにヤられてたまるか!」
「あぁその通りだ。シード様の御身は必ず守るぞ」
「当然だっ」

第二軍へ異動した協力者たちも『シード大好き』な元部下達だ。『シード様のすばらしさを語り合う会』にも時間があれば参加してくれている。故に熱意を込めて協力してくれるだろう。ちなみに第二軍への借りとは普段のシード様のすばらしさを教えるという名の借りだ。
熱心さの理由が自分にあることに気づかぬままのシードであった。

こうして波瀾万丈に新生第五軍はスタートしたのである。


<END>