「あんな男に頭を下げろと言うのか?」
案の定、アルディンは盛大に顔をしかめた。
「あんな男だろうが何だろうが、必要なことだろーがっ。余所から兵を貰うのに第二軍だけから貰わないってのか?それこそ他の軍から苦情がくるぞ。うちから貰っていったのに何で第二軍からはもらわねえんだってな。…背に腹は代えられない事態だってことを考えろ」
アルディンの抵抗は予想以上だった。将軍位にまで上がった男だ。馬鹿なわけがない。むしろ頭は切れるタイプだろう。当然シードの言い分も理解している様子だ。しかし第二軍だけは嫌だと言う。シードはため息を吐いた。らちがあかない。
「わーかった。それじゃ俺が行ってくる。その代わり、他の軍はやれよ」
「ま、待て!!それぐらいなら私が行くっ!!」
慌てて呼び止められ、はぁ?とシードは振り返った。
「テメエ、あれほど嫌がってたじゃねえか。テメエが嫌だっていうから俺が行くって言ってんだぜ?判ってんのか?」
「むろん、嫌だ」
わけわかんねえ、とシードは思った。
「だったら大人しく留守番してろ、向こうだってこっちの事情は理解してんだ。ニルオス将軍は頭の切れる人だからな。ちゃんと判ってくださるだろうよ」
「待て!ニルオスになら私が会うっ。シードに会わせるわけにはいかん!」
シードは呆れた。
「……はぁ?…マジでわけわかんねえやつだな。だったら俺もついていく」
二人がかりで行くのはばかばかしい気もするがそれなら公平だろうと思って告げるとアルディンは首を横に振った。
「…すまないが、ニルオスとは二人きりで会いたい」
やや恥じらいを込めた様子で告げるアルディンに、二人きりとは何やら別の意味が込められていそうだとシードは思った。酷く毛嫌いしていたり、かと思えば何やら意味深だったり、本当に訳が分からない。判っているのはそのせいで自分が迷惑しているということぐらいか。
「おい、アルディン。ヤツとどういう関係だか詳しくは聞かんが、いいかげん迷惑だ。痴話げんかを仕事に持ち込むな」
「そんないい関係なものか!ヤツと私の関係はただの主と奴隷みたいなものだっ」
いきなり暴露された内容はシードの予想以上で、そりゃまたハードな関係だとシードは現実逃避気味に思った。そんなことを言われて、何をどう答えろというのか。
アルディンはというと反射的に返答してしまったらしく、しまったと言いたげな表情だ。それはそうだろう。普通こんなことを口外したりはしない。
「主と奴隷……」
そういう趣味の奴らがいるというがそういう世界なのだろうか。どちらにしろ、シードにとっては別世界だ。盛大に関わりたくない。
「あー……ちょっと考えさせろ」
思わず眼を逸らすとアルディンが慌てて口を開いた。
「シード……いや、これは私と彼の問題だ。確かに仕事に持ち込むべきことではない。私が間違っていた」
当たり前だとシードは思った。そんなディープな世界を持ち込まれても困る。
「んなことぁ判ってんだよ。だがな、テメエとヤツの関係で第五軍が第二軍の下につくのはゴメンだ。ちょっと策を練らせろ」
主と奴隷の関係が第二軍と第五軍にまで持ち込まれては困るのだ。シードは奴隷になる気はない。まっぴらゴメンだ。
「シード。彼は非常にたちの悪い男だ。お前まで巻き込まれるぞ」
「巻き込まれてたまるか!」
シードは即答し、ため息を吐いた。
「あのな、苦労するのはテメエの副将軍になったときから判ってたんだよ。そもそも将軍と副将軍ってのは亭主と女房みたいなもんだ。テメエが巻き込まれたら俺まで巻き込まれる。嫌でも対策を練らねえわけにはいかねえんだよ」
シードは素早く脳裏で計算した。
「確か第二軍のグリーク副将軍には運命の相手がいたな」
「おい……まさか……!」
「取引ってのは時に卑怯な手をつかわねえといけねえんだよ。実際、今のテメエは卑怯な手を使われてるんだろうが」
「だが、グリーク殿は今回無関係だろう!?」
「そうだな。だが仕方ない。こっちもせっぱ詰まってんだ。握れる弱みなら何でも使う。恨むならテメエを恨みやがれ」
元凶はテメエだとシードはきっぱり告げた。