文字サイズ

◆砕けぬ夢を見る(5)


砦に着いて三日目。新たな情報が入ってきた。

「ヒルマン将軍他副将軍二名も戦死確実か……」

大隊長のルーカスは北方へ無事退却に成功し、第二軍のグリーク副将軍率いる部隊と合流できたという。
他の生存情報は聞こえてこない。状況的に見て絶望的なのだろう。

「クロス騎士団は四人の大隊長が生存している模様。しかしうち二名は重傷との報が入っております」

やはりクロス騎士団の方が被害は大きかったらしい。しかし第二軍からの援軍が予想以上に早かったおかげで本拠地は落とされずにすんだという。これは第二軍将軍ニルオスの手柄だろう。
これまで近衛将軍に知将はいなかった。しかし、読みの正確さ、早さ、状況判断の的確さ、すべてがパーフェクトだ。これまで新たな若い将軍の手腕を怪しんでいた者もこれで評価を新たにするだろう。

「すげえな、ニルオス将軍ってのは」

シードが呟く隣で相変わらずアルディンは暗い。全くいつまで敗北に落ち込んでいる気なのだろうか。状況が明らかになった以上、自分たちも動かなくてはいけないというのに。シードは鬱陶しくなって隣の同僚の脇腹を肘で突いた。

「……っ、何をするっ」
「何をじゃねえ。俺らも弔い合戦にでなきゃいけねえだろうが、準備するぞ。第二軍にばかり美味しい思いをさせてたまるか。やられたのは我が五軍だぜ?奴らにばかりまかせて眺めておく気か?落ち込んでるのなら勝手にしやがれ。だが部下は貰うぞ!」
「待て!!むろん私も出るっ!!」
「あぁ?当然だ。テメエにばかり楽させておけるか。だがな、出る気ならもっとシャキッとしやがれ。そんな湿っぽい顔されてちゃ志気が上がらねえんだよ。人の上に立つ者なら弱さを見せるな!腹ん中で何考えていようが、強気でいろ!!」

アルディンは目を丸くし、ついで真顔で頷いた。

「わかりゃいい、わかりゃ…」

シードはきびすを返した。その背に声がかけられる。

「……ありがとう」
「あぁ?」

怒鳴って礼を言われたのは初めてだった。驚いて振り返るとアルディンは真顔でシードを見つめている。

「目が覚めた。その通りだ。私は将軍らの敵を討つ。必ずだ」

シードはニヤリと笑んだ。馬の合わぬ相手だが、どうやら立ち直ってくれたらしい。鬱陶しい相手は不要だが強気の相手は大歓迎だ。

「……後背は任せておけ」


+++


近衛軍からは第二軍と第四軍が派遣されたらしい。第二軍は独自の情報網で突出していたので参戦は確実視されていたが、第四軍はたまたますぐにでれる軍が第四軍だけだったらしい。
その二つの軍と第五軍の生き残りは戦場で合流した。そこで何が合ったのか判らないが、アルディンは酷く気を荒くしていた。

「何が何でも敵将の首を取るぞ!!」
「あ、ああ…」

恐らく第二軍将軍ニルオスと何かあったのだろう。
落ち込んだり興奮したり忙しいヤツだと思いつつもシードは後方に自隊を展開させた。ちなみに元部下二人はそろってシードの補佐をしたがったが、シードは一蹴し、アルディンの補佐へ回させた。

「ったく、どいつもこいつも鬱陶しくて仕方ねえ。なんで俺の周りはあんな奴らばかりなんだか…」

シードの年上の部下リンガルはクッと笑いをこらえた。
リンガルはシードが新人の頃から知っている。リンガルは一般兵からのたたき上げだ。士官学校卒業生ではないため、一兵卒から現在の地位まで出世した。そのためシードより数歳以上年上ですでに三十代だ。
彼は長年シードの元にいるため、シードがどういう性格であるかよく知っている。口が悪い皮肉屋というシードは周囲に誤解されやすく、敵を作りやすい。しかし彼がどういう人物か知ってしまえばシードに捕らわれる者が多い。彼の元部下はその典型的例だろう。
シードは部下を絶対見捨てない。常に冷静で状況判断も的確。絶対に無茶な命令を出さず、部下の命を大切にする。皮肉屋だが、根は悪くない。どんな間抜けな部下も見捨てることなくコツコツと育てて才能を伸ばす。そのため、シードの元にいる部下はどんな部下も必ず育つ。そうやって彼の元を巣立っていった部下も多い。その部下達は全員がシードに感謝している。ずば抜けた才能を持つ者がいなくても、シードの部隊が優秀なのはそのためだ。後方支援担当のため、目立った活躍はないが、どんな状況下でも大きく崩れることが無く、後背を守る。後背が安全であるというのは戦場に置いて大きな意味を持つ。前将軍もシードには大きな信頼を置いていた。その信頼をシードは裏切ることなく守ってきた。故にシードは大きな武勲がなくとも大隊長まで出世したのだ。後方支援専門の将が大隊長というのは他軍でも殆ど例がないだろう。後方支援は複数の大隊長が交代で行っていることが多いのだ。

「何がなんだかわからねえがやる気になってんのは悪くねえ。補佐してやるか」

少々骨が折れるが、と思いつつもアルディンの部隊を上手くフォローしつつ、シードは後背も守り続けた。戦力が落ちているので楽ではなかったが、途中、隣接する第二軍から援護が入った。
「へえ…」
シードの動きを見て意図するところを読んでくれたらしい。どうやらもっと大胆に動いても良さそうだとシードは嬉しく思った。持つべき者は頭の良い味方というべきか。実にやりやすい。シードは自隊に指示をだした。思わぬ命令に副官が目を丸くしている。
「いいんですか?」
「あぁ。第二軍が動いてくれるさ」
慎重派な隊長の思わぬ命令に驚きつつもリンガルは己の隊長に忠実に命令を出した。
シードの隊の動きに呼応して第二軍も動いていく。最初から読んでいたとしか思えぬ早さにシードは感心した。右翼がこの状況を利用して突撃しようとしているところを見ると、むしろシードの隊の動きを待っていたと思っても良さそうだ。第二軍将軍は相当に頭が切れるらしい。
「やりやすくて大歓迎だがな」
ならばこちらもこの状況を利用させてもらおうとシードは笑んだ。シードの隊が隣接する第二軍左翼の後方までフォローできれば有利に動く。完全に挟み撃ちできるだろう。
そのとき、朗報が入ってきた。

「隊長。アルディン様が敵将討ち取りに成功されたようです」
「そうか、よし!!」

どうやら仇討ちは成功したらしい。援護したかいがあったというものである。

(次の将軍はアルディンだろうな)

トップに立つには目立つ武勲が必要なのだ。その点、今回の武勲は将として立つには十分だろう。元々彼には血筋という強い武器もある。今回は貴族筋からの後ろ盾も期待できるだろう。

(それとも他軍から移動があるか?)

第二軍にいる二人の副将軍からの昇進も考えられる。

(ま、どいつがトップになってもかまいはしねえがな…)

シードは後方支援担当だ。後方支援は誰もやりたがらないのでライバルもいないに等しい。結局だれがトップになろうとやることは変わらないのだ。

(仇も取れたし…)

亡くなったと思われるヒルマン将軍はシードの後方支援という立場を正しく評価してくれた。故にシードは大隊長まで出世できたのだ。そのことを口に出さずともシードは感謝している。アルディンを通じて敵を討てたことはシードにとって半分は恩返しの意味があった。