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◆砕けぬ夢を見る(4)


どんな状況下でも隊を崩すことなくまとめて動かすのはその隊のトップの役目だ。
現在は状況が判らない以上、地形を確認し、斥候をポイントポイントに派遣して状況を把握しつつ、隊を動かさねばならない。
そうして無事ドルテ砦まで退却を成功させたシードは砦に来ていた近衛軍の騎士に会った。

「ご安心を。近衛二軍はグリーク様の部隊がすぐにでれます。ほどなく全軍も出陣できるでしょう」

第二軍将軍ニルオスは独自の情報網で南の敗北をいち早く把握し、出陣準備を進めていたらしい。そのため、思った以上に早く軍を出せるという。

「こいつぁ驚いた。予想以上の手腕だな、新たな第二軍将軍は」

シードは軽く口笛を吹いた。しかし朗報であるというのにアルディンの表情は暗い。

(あー、うぜえヤツ…寝言で呼んでたほどのヤツが来るってのに何が嫌なんだか)

砦に着いて半日後、新たな隊がやってきた。

「シード様っ、よくご無事で!!」

元部下で現同僚のダーフィッドであった。これまたシードより体格のいい元部下は大喜びでシードに泣きついてきた。

「俺は、俺は、もう二度とシード様にお会いできないかと死を覚悟致しましたっ!!再びお会いできたことは俺の人生において最大の喜びであり…」
「あー、判った、判ったから黙れっ!!」

見た目はいかにもプレイボーイ風の色男。しかし中身は情熱家という元部下を引きはがし、シードはため息を吐いた。何で俺の元部下はこういうヤツばかりなんだと思い、うんざりしつつも、頭は冷静に現在の戦力を計算していく。
今回無事に生き延びてきた元部下ダーフィッドは大隊長。つまりシードの同僚になる。部下は半数近く生き延びていた。被害は大きいが、あの混戦で半数を保てたのなら善戦した方だろう。シードの元で鍛えた経験が大きかったようだ。
ダーフィッドはシードの元部下の中では古い方だ。年齢も一歳しか違わず、ずっとシードの元で昇進してきた元部下だ。
彼が大隊長へ出世したとき、シードは己の部下からの初の大隊長出世に喜んだ。しかし、当人はシードの元を離れたがらなかった。中隊長のままでいいからシードの元にいたいと言い、馬鹿かテメエは!と当のシードに部隊を叩き出されるように昇進したという過去を持つ。しかし同僚になって以降もダーフィッドのシード崇拝は収まることなく、シードの頭を痛めていた。

「おい、ダーフィッド。お前の隊は中央部隊だったな。ヒルマン将軍は?」

ダーフィッドは一番被害が大きかったであろう中央部に配属されていた。

「……絶望的でしょう」

言葉少なく、しかしはっきりとダーフィッドは告げた。
半ば予想していたことだったのでシードは驚くことなく無言で頷いた。
中央部に配属された隊はほぼ全滅だろうと思っていたシードである。シードにしてみれば元部下のダーフィッドが生き延びていたことの方が予想外なのだ。シードは事態を想定するとき最悪のパターンで考えることが多い。その方が安全確実だからだ。状況が予想よりよかったらその都度パターンを練り直せばいいのだと思っている。

「他に生き残りはいねえのか?」
「判りません」

ダーフィッドは言葉を飾ることなく答えた。
シードはため息を吐く。かなりの混戦だった上、崩壊が一番早く酷かった中央部隊にいたダーフィッドに判らなくても無理はない。

「…ルーカスの部隊と合流できりゃそれなりの兵力にはなるんだが…」

ダーフィッドは眉を上げた。

「ルーカス殿がご無事でいらっしゃるんですか?」
「たぶんな。ただ退却時の方角がバラバラでな。その後は知らん」

ダーフィッドが生きていたため、生存している第五軍の大隊長は四名となった。これは予想以上の数だ。戦い前が9名だったことを考えると約半数が生き延びることができたことになる。

(こりゃ予想以上に生存者がいるかもしれねえな)

ちょっと展望が明るくなったとシードは喜んだ。まとまった兵力になれれば、最前線とまではいかなくても、他軍のサポートぐらいはできるだろう。できれば弔い合戦に出たい。敵に一矢報えればいい。これは他のメンバーも同じだろう。
ちらりと隣を見るとアルディンは相変わらず表情が暗い。何を考えているんだろうと思いつつもシードは問わなかった。性格が合わないことは嫌と言うほど判っていた。