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◆砕けぬ夢を見る(3)


翌日、シードは思わぬ相手と再会を果たした。

「シード様ぁああああ!!!」

夜が明けたばかりという早朝から駆けつけてきたのはシードの元部下パウルであった。彼はシードの元で下積みをし、出世して他の部隊に移っていた。どうやら昨日の混戦で生き延びていたらしく、たった今、合流できたのだ。
二十代半ばの若い中隊長は明るい茶色の髪を短く刈り込み、体格のいい男であった。彼は感涙しつつ、己の元上官へ突撃した。

「よく、よくぞ、ご無事でっ!!私は、私は、もうシード様にお会いできないかと思い、この胸がつぶれる思いでしたっ!!」

シードは逃れる間もなく、自分より一回りデカイ男に遠慮無く抱きしめられ、窒息しそうになった。

「あぁ、苦しいんだよ、この大男!!俺を殺す気かっ!!」

アルディンは目の前で繰り広げられた熱烈な抱擁に目を丸くしている。
シードは暑苦しい相手から逃れつつ、パウルの部下を見た。

「…何人生き延びた?」

大隊長は平均千名前後、中隊長は隊によって差があるが300名から100名ほどの兵を率いる。

「ぎりぎり100名ほどです」

シードは軽く眉を上げた。中隊長としてはいい結果だろう。

「よくやった」

言葉短く褒めるとパウルは褒美を貰った犬のように嬉しそうな表情となった。

「はいっ!!これもシード様の元で薫陶を受けたおかげであり、私は…」
「あー、それぐらいでいいから黙れ!!」

熱意を込めて続きそうな言葉を途中で遮り、シードは落ちてきた長い前髪を掻き上げた。

「悪いが休んでる暇はねえ。ミスティア領方面へ退くぞ。隊をまとめろ」
「はいっ!!」

シードは笑いをこらえている己の副官を振り返った。

「リンガル、見張りを交代させろ。他方面への斥候も怠るな」
「はっ」
「ったく…情勢がわからねえってのはやりづれえ…」

近年、南で大きな闘いはなかった。故に油断が大きかったのは確かだろう。
クロス騎士団本拠地が落ちれば南は脆い。大きな力を持つ領は南東のミスティアしかない。小さく穏やかな気風の領地が多いのが南だ。
クロス騎士団と近衛第五軍が敗北した以上、国は総力をあげてくるだろう。確実に他の近衛軍のうち、二つはでてくる。大きな闘いになるのは避けられない。

(まぁ今の俺に出来ることは隊をまとめて退却することだ)

後のことは他軍にまかせるしかないとシードは割り切り、指示を出し始めた。ついでにぼんやりしているアルディンの背を叩く。

「おい、しっかりしやがれ。俺の言うとおりに指示を出せ」

まかせておいたら危なかしくて仕方がないと思いつつそう告げるとアルディンは慌てたように首を横に振った。

「いや、すまない…大丈夫だ」

眼差しに力が戻ってきたことを確認し、シードは疑わしげにしつつも頷いた。

「俺はてめえと共倒れする趣味はねえ。先頭はテメエとパウルの隊に任せるぞ。俺は最後尾を守る」
「最後尾を?しかしそなたの隊もずいぶん疲労が溜まっているのではないか?」

最後尾が一番危険だ。そのことを気にしての言葉だと判っていたが、シードは呆れ混じりにため息を吐いた。

「あのな、寝ぼけてんのか?退く先はミスティア領だ。前方にテメエがいた方がいいだろうが。俺の隊は後方支援部隊だ。退却時に最後尾を守るのは専門っつっていい。得意な部分を得意な部隊が担当しなくてどうする。わかったらとっとと先へ行きやがれ」

口が悪いシードはいつも言い過ぎる。故に敵を作りやすいのだが、アルディンは言われ放題ながらも怒らずに頷いた。

「それもそうだな。悪かった」

あっさり謝罪して去っていくアルディンを見送り、シードはため息を吐いた。

「やっぱ、やりづれえっ!」
調子が狂うことこの上ない。やっぱりあいつとは合わない!と再認識するシードであった。