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◆砕けぬ夢を見る(2)


何とか南東の森の中に退いた時には自隊は7割に減っていた。それでもあの混戦を思えば驚異の生還率と言えるだろう。

(疲れた…)

携帯食をかじりつつ、シードはため息を吐いた。
目の前にはアルディンが座り込んでいる。二人はかろうじて自隊をまとめて戦場脱出に成功していた。
あと半日のところにドルテ砦がある。早馬は走らせてある。明日中には援軍と合流できるだろう。そのことは敵も読んでいるはずだ。深追いはしてこないだろう。ドルテ砦の先は南方屈指の豊かな領地ミスティア領がある。ウェリスタ国内でも三本指に入るミスティア領は当然ながら強力な領主軍を有する。ミスティアが出てくれば情勢が変わる。

(まぁ大丈夫だろうがな)

ミスティア家は間違いなく援軍をだしてくれるだろう。ここにアルディンがいるからだ。アルディンはミスティア家の出身なのだ。このことは有利に働く。

「ところでお前なんで右翼にいたんだ、左翼のくせに」
「右翼?知らぬ。あいにく自隊の位置を把握する余裕がなかった」

アルディンは妙に落ち込んでいるようだった。その様がシードには鬱陶しく感じられた。将の態度は隊に影響する。敗北に落ち込むのは勝手だが、志気が落ちるのは迷惑だ。

「死に損ねたな…」

暗く呟かれる。まるで死にたかったと言わんばかりの態度にシードは切れた。元々穏やかな質でもなければ優しい性格でもないのだ。敗北に苛立っているのはシードも同じである。

「あぁ、うぜえ!!死にたかったのはテメエの勝手だが、死にたきゃ仕事終えてから死にやがれ!!テメエには生き残った部下がいるだろうが!!きっちり部下を守ってから死にやがれ!!」

こんなに鬱陶しい男だとは思わなかった。こんなことならもっとマシな大隊長を助けたかった。少なくとも生きる気力のある隊長を。一緒にいたら生気を吸い取られそうな相手などごめんだ。生き残りが少ない以上、自分たちが兵を率いなければならないというのに落ち込んでなどいられない。死にたがりの相手などしてやれる余裕はないのだ。

(生き残りは少ないってのに…)

近衛五軍は軍団長である将軍をトップに二人の副将軍、以下、大隊長、中隊長、小隊長と続く。
現在、将軍、副将軍が生死不明である以上、大隊長がトップなのだ。大隊長であるシードとアルディンが暫定的なトップである以上、指揮を執らねばならない。落ち込んでいる暇などないのだ。

(ルーカスのヤツが一緒だとよかったんだが…)

ルーカスは一度のチャンスをものにできたようだ。しかしシードたちと同じ方角に退却できなかった。そこまで余裕がなかったのだ。彼の隊が孤立していなければいいがと思う。
しかしルーカスが生き残っていても大隊長は三名。戦闘前は9名の大隊長、2名の副将軍、そして軍団長がいたことを思えば激減した。文字通り、近衛第五軍は崩壊したと言えるだろう。

(…クロス騎士団はもっと酷いかもしれねえな。そもそも生き残りがどれぐらいいるのか…)

なんだかんだ言っても近衛は精鋭部隊だ。
しかし、クロス騎士団は国内に三つある独立騎士団の中でも最弱と言われている。周辺に小国が多く、安全地帯と言われる南方守護担当のクロス騎士団は近年全く出陣の機会がなかった。故に実戦慣れしていないのだ。

「……すまなかった」

考えに耽っていたシードは唐突に謝罪され、目を丸くした。
それがどうやら先ほどの発言の謝罪と気づき、シードは紺色の髪を掻き上げた。調子が狂う。

(こいつ……合わねえ…)

金髪金眼の美貌を持つアルディンは文武両道、第五軍の中でも屈指の実力者だ。
その上彼は血筋もいい。大貴族ミスティア家の長兄で母親も血筋がよく、末弟の母親が王妹でなかったら間違いなくミスティア家を継いでいただろうと言われる人物だ。しかしそれ以上のことはシードは知らなかった。彼とは今まで戦場以外で接点がなかったのでよく知らない相手だったのだ。

(うぜえ……絶対、性格が合わねえ)

そう思いつつも互いしかいない以上、力を合わせてこの現状を乗り切るしかない。
困難な先行きを思い、シードはうんざりしつつ仮眠を取ることにした。
目の前の相手を極力意識外へ置こうと思いつつ、シードは横になり、目を閉じた。



シードは下級貴族の生まれだ。親はちっぽけな地方領主。貴族として地位は低くとも、食べていくのに何不自由ない家に生まれた。
シードには腹違いの兄がいる。その兄と正妻に疎まれ、シードは家を追い出されるように士官学校に放り込まれた。家に帰ることも出来ず、軍に入るしか生きる道はなかった。
今更家に未練はない。幸い、軍は自分に向いていたようだ。口が悪いせいで上官に疎まれやすく、後方支援にばかり回され、活躍の機会はなかったが、幸い大きなミスもすることなく今の地位まで昇ることができた。さすがに将軍職は難しいだろうが、シードは不満はない。大隊長まで登れば上は将軍一人、副将軍二人の計三人しかいない。何もトップを極めるばかりが道ではないだろうとシードは思っている。大隊長位は騎士としては十分高位だ。

「…ル…オ…ス……」

シードは夜中、小さな呟きに気づいて薄く目を開けた。

「…ニルオス…」

隣で眠る相手の呟きだった。

(ニルオス?第二軍将軍か)

知将と名高きニルオスは第二軍将軍に就いたばかりの人物だ。まだ二十代半ばと最年少の彼はかなり強引な手段で第二軍将軍の地位を手に入れた。しかしその手腕はすでに軍の内外に広まりつつある。

(もしかしたら近衛からの援軍は第二軍からかもな…)

五軍が敗北した以上、援軍としてくるのは一つだけではないだろう。しかし複数派遣されるうちの一つが第二軍になる可能性は高い。新たな軍の力を見るのにいい機会だからだ。

(しかし寝言で名を呼ぶとはそういう関係なのか、それとも想う相手なのか…)
ま、どっちにしろ俺には関係ないか、とシードは思った。彼は他人の恋愛に興味がなかった。