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◆闇の手(9)


軍人になるには幾つかの道がある。近衛軍の場合は年一度の入団試験を突破するのが唯一の道だ。
しかし近年、推薦枠が出来た。近衛軍は各士官学校に引き抜きたい生徒がいたら、引き抜けるようになった。
ただし、やや厳しい規定がある。一般騎士と同等の強さがあるか。もしくは近衛騎士にペア(運命の相手)がいるかである。
どの軍も将来有望な騎士が欲しいのは同じだから推薦枠を有効に使おうとする。試験前に士官学校へ視察に来る騎士が多くなるのはそのためだ。

「候補は絞ってある。君とカイザードに任せるよ」

フェルナンは窓の外を見ている。赤らんだ顔を見せたくないのだろう。スティール相手であろうと照れや羞恥といった表情は極力見せないのがフェルナンだ。

「はい」

候補が絞り込まれているというのならこの中から選べばいいのだろう。
しかし連れがカイザードというのは少々面倒だなとスティールは思った。




カイザードはスティールの運命の相手の一人である。
年齢はスティールの一つ上であり、先輩に当たる。しかしスティールがカイザードの地位を追い抜いてしまったので現在は上官と部下の間柄だ。
カイザードは優れた剣技と巧みな火使いで名が知られている。
炎剣のカイザードという異名を持つ彼は、異名に負けない派手な気性と外見の持ち主だ。
炎剣とは、判りやすくよくありそうな異名だが、実際は殆ど使用されない名だ。炎の剣士は国中におり、類似性が高いだけにかえって使用されないのだ。にもかかわらずその異名をつけられたカイザードは炎の剣技で卓越した手腕を持つことを示している。
そしてカイザードは美男子でも有名だ。深紅の髪と紫の瞳を持つカイザードははっきり男と判る容貌ながら、眼が惹き付けられるような美人なのである。

(目立つだろうなぁ…)

スティールの予想は当たり、士官学校では注目の的だった。カイザードはというと見られることに慣れているせいか、さほど気にした様子はない。むしろ建物を見ながら懐かしいなと上機嫌だ。

(うう、やっぱりカイザードと一緒だと目立つ…早く済ませて帰りたいなぁ…)

実を言うとフェルナンだろうがラーディンだろうが、スティールの相手は全員目立つので大差ないのだ。更に言えば己も七竜の使い手ということで目立っているのだが、自覚のないスティールはいつも『運命の相手が目立つから』と思いこんでいる。
カイザードと二人で母校の廊下を歩いていくと、生徒達が鈴なりになって教室から顔を覗かせている。一種の見せ物のような気分になるスティールである。

(…あれ?緑の印が…)

緑の上級印が軽く疼いた。

(…まさか)

まだ見つかっていない運命の相手は緑だけだ。

(…まさか…学校にいるのかな?)

ただの視察だとあまりやる気はなかった。
緩んでいた気が引き締まる思いでスティールは眉を寄せた。かすかな反応だったので判らない。しかし今までこんなことはなかった。はっきりとした余兆にスティールは注意深く周囲の気配を探っていった。




一方、ウィダーは少しウンザリしていた。
最近は視察が入ることが多く、校内に騎士の姿を見ることが珍しくなくなった。昨日はディンガル騎士団、一昨日はクロス騎士団からの視察がやってきた。特に上二つの学年は視察の騎士達に見られることが多い。
本音を言えば煩わしいがいいかげん出席数が足りなくなりそうなウィダーは友人への手前、大人しく授業に参加していた。

「ウィダー、今日は絶対さぼるなよ。近衛軍だ。それも第一軍からあの紫竜の使い手スティールさまがいらっしゃるって話だぞ」
「へえ…」

どおりで周囲がソワソワしてるはずだとウィダーは思った。

「あのときのお礼を言わないといけないんだからな」
「わかってるって」

助けられた話は聞いていたのでウィダーも大人しく頷く。
正直言って紫竜の使い手に興味はない。助けられたと言っても大きな感謝をしているつもりはない。ウィダーにとって信じられる相手はシェイだけである。使い手の方だってウィダーを助けたかったわけではなく、シェイが頼んでくれたおかげだろうと思っている。

紫竜のスティールという異名は世間に関心のないウィダーも聞いたことがあった。近衛第一軍の若き副将軍だ。幾つもの戦功を若くして立て、二十代前半という若さで第一軍のナンバー2にまで登りつめた名高き騎士。彼の武具が世界に七つしかない生きた武具の一つ、紫竜であることは有名だ。
そして彼は上級印と呼ばれる強力な印の使い手であることでも知られている。しかも普通一人一つしか現れぬ印を彼は四つも持っているという。
そして彼は相方も実力者揃いで有名だ。第一軍将軍である銀翼のフェルナン、炎剣の使い手カイザード、千の防御壁を誇るラーディン、と名だたる騎士が彼の相方であるという。

(興味はねえが……紫竜か……)

この世に七つしかいないという竜は見てみたい気がした。