文字サイズ

◆闇の手(10)


ウィダーとシェイは文字通り訓練場の片隅にいた。二人は他の生徒たちの後方に回されたため、あまりよく見えない。他の生徒達に埋もれてしまっているような感じだ。
しかしウィダーは元より、シェイも文句一つ言わなかった。

「こんな場所でいいのかよ、お前?」

ウィダーは興味がない。しかしシェイは憧れの騎士をもっとよく見たいのではないかと思って問うとシェイは首を横に振った。

「いいんだよ、恐れ多いし。それに今日は先輩方がメインだ」

確かに最高学年の生徒がメインだろう。彼等は入団試験を控えている。
やがて、教師ドルスに案内されて訓練場にやってきた騎士は二人だった。背の高い方は見事な赤い髪をしている。やや小柄な方が上官だと判ったのは騎士服の為だ。副団長に許される特殊な型のマントを羽織っている。騎士は高位ほどマントの長さも長いというが、二人の騎士はこれまでに見た誰よりも長いマントだった。長さはくるぶしまでありそうだ。そして二人は大変若かった。

(意外だな、あっちが紫竜のスティールなのかよ…)

穏やかそうな雰囲気で威厳が全く感じられない。むしろ騎士にさえ見えない。服を変えて市井に出ればすぐ溶け込めそうだ。おまけに腰には剣すらない。騎士であるというのに武具さえ持っていないのは何事かという気もするが、彼はそれで当たり前なのだろう。なにしろ彼の運命の武具は紫竜そのものなのだから。

(赤毛の方が美人で騎士らしいじゃねーか…)

鮮やかな赤い髪は段をつけてシャープに切られている。色が白く、きつめの整った美貌の主。学校内にも容姿を歌われる人物はいるが、その誰よりも綺麗な顔をしている。
クラスメート達の興奮気味の囁き声からその赤毛の美青年が紫竜の使い手スティールの相方カイザードであることも判った。炎剣のカイザード。スティールと共に名だたる武勲をたてている騎士だ。ようするに二人とも仕官学校生達の憧れの騎士なのだ。容姿だけでなく実力もある騎士と知り、ウィダーはため息を吐いた。神は実力も容姿も一人の人間に与えることがあるのだ。
カイザードは自分で候補生たちの実力を試してみる気になったらしい。教師に呼ばれた数人の生徒達が緊張した様子でカイザードと剣を交え始めた。学年でも特に優秀な生徒達だ。ようするに引き抜きされる候補であるということはさぼり気味のウィダーにさえ判る。
その様子を羨ましそうに見ている他の生徒達も憧れの騎士を眼にして眼を輝かせている。

ウィダーたちより一つ上の学年にはロバートとフランクという二人が剣技で名をはせている。その二人ならばそこそこ通用するかと思われた。
……が。

(うわ、強えな、桁違いだ)

さすがに剣技で名を馳せている騎士と言うべきか、実力が雲泥の差だ。腕に自信がある二人を殆ど数秒で倒してしまっている。さらに他の生徒を連続で相手をしても全然息を切らせていない。文字通り朝飯前なのだろう。

(おいおい…ロバートとフランクでさえこの有様かよ。みんな、あっという間に倒されちまってるし、こんなんで引き抜かれるヤツいるのかね…?)

剣技の成績が地を這っているウィダーも人のことは言えないのだが、純粋に疑問に思った。