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◆闇の手(11)


ウィダーとは別の意味で剣技に自信のないスティールは腕の印のうずきに間違いなくこの学校に相方がいるようだと確信していた。
生徒の引き抜きの選択をカイザードに任せることにして、生徒達へ視線を走らせる。しかし見ただけでは判らなかった。

(うーん……なんか反応もヘンだし……)

印は疼く。しかし今までとどうも反応が違う。異種印かな?とちょっとうんざり気味に思う。フェルナン相手で苦労した過去が思い浮かんだ。

(けどここにいるなら年下だし!!)

年下なら問題なしだとスティールは思い直してちょっと気分が浮上した。念願の年下ならば是非可愛がりたい。
教師にプロフィールが見たいと告げると引き抜きに関係あるのだろうと思われたのか、あっさり名簿を見せてもらえた。

(緑……は最高学年には20人か。このうちの誰かが俺の相手かなぁ。……ん?闇?緑の眷属の闇がいる)

癒しの力を持つ緑は使いようによっては生気を抜き取る攻撃の力も持つ。その負の力のみを凝縮したような印が闇だ。希少印と呼ばれ、保持者が少ないことでも知られている。

「先生、この子は?」

教師ドルスに問うとドルスは軽く顔をしかめた。

「あぁウィダーか。ほら、例のクワイの問題があった子だ。あのときはラーディンに世話になったな。スティールからも礼を言っておいてくれ。おかげで放校にせずにすんだんだ」

ドルスはスティールの元担任のため、他の教師たちに比べてスティールに遠慮がない。
教育熱心なのは相変わらずらしく、新たな問題児相手も頑張っているようだ。あの子はなぁとぼやいている。

「一応、闇の上級印を持っているんだが、素行が悪くてな。成績も地を張っている。さぼってばかりで、俺たちも厳しく指導しているんだが、人間不信が酷いせいでなかなか指導が通じない。同級生にシェイって子がいて、その子が面倒見てくれているおかげでやっと授業には出てきてくれるようになったんだが…」

問題児らしいことはため息混じりの教師の口調から感じ取れた。
あの子だ、と視線で示された先にはひどく痩せた銀髪の少年が訓練場の隅に立っていた。




「さすがだな」
「あぁ、上には上がいるもんだ。すごく強い!!」

周囲の興奮気味の囁きを聞きつつ、ウィダーは退屈そうに欠伸を噛み殺した。
カイザードとスティールは教師に渡された書類を手に何やら話を始めている。周囲の緊張が増す。引き抜きの件を最終決定しているのだろうことはウィダーたちにも想像がついた。誰が引き抜かれるのだろうと囁きあっている。

(ま、俺には関係ねえけど)

引き抜かれるのは間違いなくさきほど剣を交わしたものたちだ。実力を試されたのだから間違いないだろう。
やがて話をすませたらしい三人は集まった二学年の生徒の前へ歩いてきた。興奮にざわめいていた生徒達が自然と黙り込む。もしかしたら引き抜くことが決まった生徒が出たのかもしれない。皆が緊張して三人を見つめる。
カイザードが口を開いた。

「リンドー、グレイ」

最高学年ではなく、一つ下のウィダーたちの学年の生徒の名が呼ばれた。ざわめきが起きる。

「来年、お前達の実力を再確認する。今のままではまだまだだが考慮の余地がある。腕に磨きをかけておけ」

はいっ!!と名を呼ばれた生徒は顔を真っ赤にして返答した。
以降、呼ばれた名はなかった。どうやら最高学年からの引き抜きはないらしい。
教師ドルスがまとめの挨拶をし、解散が言い渡される。
残念そうな呟きやざわめきと共に生徒がちりぢりになっていく。皆の足の動きが鈍いのはまだそこに二人の近衛騎士が残っているせいだろう。

「帰ろうぜ」

興味がないウィダーはシェイに声をかけて訓練場を出ようとした。しかし返答がない。

「おい?」
怪訝そうに振り返った視線の先に思いもかけない姿があった。

(紫竜の使い手!?なんでこっちに来るんだよ!?)

二十代前半に見える若い騎士は穏やかそうな表情にベージュ色の髪と深い緑の眼差しをした青年だった。間近で見ると本当に騎士には見えない。見た目は文官と言って十分通じるだろう。
しかし彼はこの場にいる誰よりも大きな戦功をたてた人物なのだ。副将軍という彼の地位がそれを示している。エリート集団である近衛軍は甘くない。入るだけでも大変苦労することは今、この目で見たではないか。学年トップであろうと選ばれるとは限らないのだ。
何か失礼をしてしまっただろうかと表情に出さずにウィダーが焦っていると相手はまじまじとウィダーを見つめると唐突に腕をまくった。緑色の大きな痣が淡く輝いている。それに呼応するかのようにウィダーの腕の黒い痣がぼんやりと銀色に輝いた。熱い。

「見つけた!君が俺の四人目だ」

嬉しそうに青年が笑んだ。ウィダーは意味が分からない。
周囲が驚愕していることに気づいたが、さっぱり意味が分からなかった。
戸惑うウィダーに青年は嬉しそうに手を伸ばすと、そのまま引き寄せて抱きしめた。

「やっと見つけた!年下だ、嬉しいなぁ!」