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◆闇の手(12)


戸惑うウィダーに説明してくれたのはシェイと担任ドルスだった。

「運命の相手?嘘だろ?」
「嘘じゃない。印の反応がその証だ。お前がスティールの相手とは驚いたが」

ドルスはため息混じりだ。しかしウィダーは信じられなかった。周囲だってそうだろう。誰が劣等生のウィダーの相手が紫竜の使い手だと思うのか。

「…俺?嘘だろ?あんた、馬鹿か?」
「こら、謝罪しろ、ウィダー!!」

呆然とした呟きに教師が慌てた様子で叱責してくる。しかし当の相手は怒ることも驚くこともなかった。

「嘘じゃないよ。君は俺の運命の相手だ。俺の緑の印が君を相手だと言っているよ」
「はあ!?何馬鹿を言ってやがる!!俺は死に神の印持ちだぞ!?闇だ闇!!あんたみてえな英雄さまのお相手なんかなわけねーだろうが!!」
「ウィダー!!」
「おい、ウィダー!!騎士様相手に無礼だぞ」

シェイと教師が焦って口を挟んでくる。しかし当の相手は冷静だ。

「おかしいことではない。闇は緑の印の眷属だ」
「はぁ!!??何言ってんだ、あんた!?大体、孤児で場末の生まれの俺が英雄さまのお相手なんかじゃ皆の笑いもんだ。俺も笑っちまうね!!そんなこと望んじゃいねえんだよ!!とっとと第一軍に帰りやがれ!!俺は近衛なんか行かねえ!!そんなお偉いさまなんか柄じゃねえんだよ!!」

ウィダーは怒鳴るだけ怒鳴って肩で息を吐いた。周囲は怒り慌てている。軍の英雄、副将軍様相手になんて言いぐさだと怒鳴る者もいる。
しかし当の相手は表情一つ変えることなく冷静だった。赤髪の剣士も同様で少し顔をしかめただけである。常に冷静であることが有能な証と言われる騎士らしいと言えばらしい態度だ。
しかしその冷静な態度がウィダーの怒りを煽った。

「何かいいやがれ!!騎士様は言いたい放題されるのが趣味か!?あぁ!?」

実年齢は数歳しか変わらないだろう。しかし戦歴や功績は雲泥の差の相手は初対面の相手からの罵声に全く表情を変えなかった。

「いや、そう言われてもね。…かわいいなぁ」
「…は?」

唐突に頭を撫でられ、ウィダーは驚いた。こちらは激怒しているのに相手には全く通用していないらしい。

(な、何なんだこいつ!?)
「おい、テメエ、俺の力は闇だぞ!?」

何で気軽に触れることができるのか。闇は死の力。汚れの力だというのに。誰もがウィダーの力を知れば容易に触れようとはしなかった。闇の力を近衛騎士が知らぬはずがない。それなのに何故。

「うん、知ってる。俺の故郷には多かったから」
「は!?」
「俺の故郷は南方ルォークなんだけどね、緑と土の使い手が多い。当然ながら緑の眷属である闇の使い手も何人かいたよ」

だから知ってるよ、とスティールはあっさり答えた。

「緑と相性の悪い印との組み合わせだったらどうしようかと思ったよ。闇なら眷属だから相性的には問題ない。ホントによかったよ。嬉しいなぁ」

しみじみと呟くスティールはウィダーが闇の使い手であったことをむしろ歓迎するかのようだ。ウィダーは再度驚いた。

(よかったって…嬉しいって…)

いつも初対面の相手には気味悪そうに顔をしかめられた。しかし今日であった相手はまじまじとこちらを見つめながらもけして顔をしかめることはなかった。それどころか嬉しそうに笑んで、撫でられ、抱きしめてもらえた。

(信じられねえ……信じられねえ…っ、俺は闇なのに!!)

いつだって望まれなかった。嫌われた。嫌われなかったのは友人シェイだけだ。彼だけが特別だった。

(期待したら裏切られる)

いつだってそうだった。だからずっと一人で生きてきた。シェイには感謝している。けれど頼ることはしない。いつだって切り捨てられる距離で生きている。

(信じねえ、頼らねえっ…)

裏切られたらキツイ。だから誰も信じなかった…信じなかったのに。

「君、確かシェイと言う名だったね。俺からも礼を言うよ。俺の運命の相手を守ってくれてありがとう」
「と、とんでもない、礼を言うのは俺の方です!ウィダーは俺の友達ですからっ」
「はは、そうだったね。じゃお互い様ということにしておこうか」

再びウィダーに手を差し出される。誰もが触れようとしなかった手。なのに彼はこんな手を取るために何度でも差し出してくる。

「さぁおいで」
「俺の手は…闇の印を持ってて…」

生気を吸収してしまう手なのに。

「うん」
「死人に望まれる手だ」
「だから?」

だから、などと軽々しく言えるような手ではないのに。

「君の手が死人に望まれる手なら俺の手は死人を生み出す手だ。軍人だからね」

だから気にしなくていいのだと言われているのだということはウィダーにも判った。
彼にはウィダーの持つ闇の力など気にならないのだ。
トン、と背を押された。振り返らなくても判る。シェイだ。行けというのだろう。
友人に促されて、恐る恐る差し出した手は強く握りかえされた。
さほど大きさの変わらぬ手は少し体温が低くてひんやりとしていた。

「ドルス先生、彼は貰っていくよ。フェルナンとラーディンに紹介したいからね」
「しかたがないな。寮の門限までには返してくれよ」
「うん、判った」


いつかここを出ていく日が来るのだろうと思っていた。
入ってきた日と同じように一人で出ていくのだと思っていた。
けれど。

「行くよ」

手を引いてくれる、そんな相手が現れるとは思ってもいなかった。

「行くぞ」

呆然としたままで足取りの遅いウィダーに焦れたのだろう。カイザードに促される。
振り返ると友が笑顔で見送ってくれている。彼は自分のことのように嬉しそうな表情だ。
ぎこちなくウィダーが笑み返すと彼は少し驚いたように目を見張り、更に嬉しそうな表情で口を動かす。

『よかったな』

そう読み取れた。
目の前を歩く二人の騎士のことはまだ判らない。けれどシェイのことなら信じられる。ただ一人助けてくれた友だ。だから彼のことは信じようと思う。彼がよかったなと言ってくれるのならきっといいことなのだろう。
だから。
今は目の前の二人を信じよう。そう思った。


<END>



いつか王子様が…という感じのシンデレラストーリーにできたらな…と思ったんですが……なんか違うような……(汗)
諜報部のリリアはフェルナンのファン。スティールは穏和な雰囲気のため、単に話しかけやすかっただけです。
書き上げるのに結構苦戦した話でした。(この話は五回目の話です。前4回はボツ…)

→おまけ話があります。興味ある方はこちらへ