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◆闇の手(8)


ウィダーはかろうじて放校を免れた。
選抜生であり、卒業が半ば義務づけられていることと教師ドルスが庇ってくれたこと、そして何より大きかったのは近衛騎士が見舞いへ来たことだろう。
『騎士隊長さまが気がけてくださっておられる生徒』ということが放校を食い止めてくれたのだ。
ちなみにその騎士であるラーディンは深い意味があって訪れたわけではなさそうだった。単の事後処理の一環として書類を手にやってきただけらしい。そのついでに頭に残っていた生徒の経過を問うただけのようだ。
それでもラーディンにウィダーが救われたことに違いはない。
シェイはラーディンに会ったらお礼を言わねばならないと思った。
ウィダーも尖った雰囲気が少し丸くなっていた。
シェイが必死に助けたことがウィダーのささくれた心を癒やしたらしい。今まではろくに会話もなかったが、時々ぽつりぽつりとだが自分から喋ってくれるようになり、シェイは嬉しかった。
そんな折、近衛軍からの見学が行われた。


近衛第一軍。
名の知られた騎士が多いため、近衛五軍の中でも一番人気が高いのではないかと言われている軍の執務室でフェルナンは副団長であるスティールを面白そうに見つめた。
スティールはパンの入った籠を目の前に困惑顔であった。

「あの、フェルナン、これって……」
「あぁカイザードが焼いたらしいよ。多少不格好だが、愛情込めて作られたパンだ、是非食べるだろう?」

籠に盛られたパンは多少どころではなく、酷く不格好だ。色も様々で、中まで焼けているのか非常に怪しい色のパンもあれば、逆に炭に近いような色のパンもある。手にとってみると石のように堅い。ちぎろうとしたが、ちぎるというより砕くということになりそうだ。

(カイザード、相変わらず不器用だなぁ…)

カイザードは素直じゃないが、判りやすい態度の人物だ。少なくともスティールにとっては目の前の相手より遙かに判りやすくやりやすい。直情的な彼は負けず嫌いでもあり、チャレンジ精神も旺盛だ。恐らく手作りパンを貰った話を聞いて、対抗心を燃やしたのだろう。

(妬く必要ないのになぁ…)

スティールはフェルナンの手元を見る。小さく小刻みに揺れる人差し指の動きはフェルナンにとって気にくわないことがあった証拠だ。そんな些細な癖を読み取れるぐらいにはスティールもフェルナンに慣れていた。

「このパンは午後のおやつに頂くことにします」

さすがのスティールも石のように堅いパンは食べれる気はしない。

「午後は士官学校へ視察だろう?食べる暇などないだろうに」

軽い皮肉をスティールは聞き流し、手にしたパンを籠へ戻した。

「フェルナン、今度リリアにパンを貰ってきますが食べないでくださいね」
「リリアのパンまで独り占めする気かい?」
「フェルナンには食べさせませんよ。彼女の一番食べて欲しい相手は貴方なんですから」

いつまでも誤解されたままじゃ困るし、ライバルの協力をする気もないのだ。
リリアの憧れの相手はフェルナンであり、スティールは彼女にとっておまけにすぎない。
珍しく驚きの表情を見せるフェルナンにスティールは笑んだ。

「だからこのパンを分けてあげます。一緒に食べてくださいね、フェルナン」