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◆闇の手(7)


ラーディンに連れて行かれた先は近衛軍第一軍本部だった。
当然といえば当然かもしれないが、シェイにとっては初めて入る憧れの近衛軍本舎である。

(うわぁ…)

当たり前と言えば当たり前だが行き交う人々は殆どが騎士だ。憧れの近衛騎士の制服に身を包む人々を目の当たりにしてシェイは舞い上がった。
ラーディンは気さくな人柄らしく、すれ違う多くの人に声をかけられている。

「よぉ!」
「夜勤ごくろーなっ!」
「ラーディン、お疲れ!」
「あぁ、そっちもな!」
「おう、カイザード様はどうした?」
「まだ現場だぜ」

それらに軽く返しているラーディンは明るくさっぱりした性格の良さがよく判る。シェイは彼に見つかったことが運がよかったのかもしれないと思い始めた。

「…あ…」

数分ほど歩いたところで目の前の相手が立ち止まった。シェイは少し驚いた。
ラーディンが不快そうに顔をしかめて見ている先に一組の男女の姿があった。

(…え?)

一人は小柄な女性。長い髪を綺麗に一つに束ねている。
その女性に応対しているのはクリーム色の髪を首の後ろで無造作に束ねた中肉中背の騎士だ。大人しそうで地味な雰囲気のその騎士は女性から何やら布包みのようなものを受け取っている。
シェイたちの目の前で女性は機嫌良さそうに去っていく。ラーディンは残されたクリーム色の髪の騎士へ不機嫌そうに大股で歩み寄っていった。

「スティール。何やってたんだ?」
「あ、ラーディンお帰り」

青年はスティールというらしい。どこかで聞いた名だとシェイは思った。

「それは?」

青年の手の包みにラーディンの視線が向かう。のんびりした雰囲気の青年は小さく笑んだ。

「差し入れのパンだって。事後処理で徹夜になりそうだからありがたいよ」

焼きたてでホカホカだよーと笑う青年にラーディンの雰囲気がますます剣呑になる。

「……へえ……よかったな…ところで頼みがあるんだがいいか?」
「うん、なんだい?」
「例のクワイを使ってた士官学校生が禁断症状で苦しんでいるらしい。何かいい薬知らないか?」
「あぁ、なるほど、それは気の毒だね。それならば禁断症状を和らげるより眠ってしまう薬の方が回復も早くていいだろう」

即答だった。
誰に聞いても助けてくれず、どうしたらいいのか途方にくれていただけに大変心強く感じる返答だった。

「眠る薬ですか…」

シェイに気づいた青年は笑顔で頷いた。

「うん、ちょっと待ってて」

部屋に入っていった青年は小さな小瓶を手に戻ってきた。

「匙一杯分を白湯に溶かして渡すといい。くれぐれも飲み過ぎに気をつけて。一日二回が限度だよ」
「あ、ありがとうございますっ!」

これでウィダーを助けられると安堵したシェイは頭を下げると走り去った。
そのため、残された青年たちの会話を聞くことはなかった。

「あんなに慌てて。よほどその子が心配なんだろうね」
「そうだな、ところでそのパンどうする気なんだ?」
「え?食べるよ、もちろん。それ以外どうするというのさ」

怪訝そうなスティールにラーディンは微妙に不機嫌なままだ。

「独り占めする気かよ。俺たちにも渡せよ」
「うん、いいよ。焼きたてだし一緒に食べよう」
「フェルナン様やカイザードにも。そうだ、ラグディスや部下にもやろうぜ」

さっさと食べて始末しようと言わんばかりのラーディンにスティールは唇を尖らせた。

「そんなにあげちゃったら残らないじゃないか。酷いなぁ、ラーディン」

折角貰ったのにとぼやくスティールにラーディンはそれが狙いだからなと口に出さずに呟いた。