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◆闇の手(6)


空中に浮かび上がる炎の球。
炎の球は次々と生み出され、追いつめられた男達を的確に葬っていく。
一つ、二つ、三つ、四つと薄暗くなってきた歓楽街にその炎は陽炎のように浮かび上がり、酷く美しい。
その炎を生み出す騎士もまた美しい。白磁の肌に深紅の髪。シャープに切られた髪は硬質の美を持つその騎士によく似合っている。綺麗だが甘さのない容姿はある意味、騎士として理想の美を持つと言えるだろう。苛烈な攻撃は無駄がなく、炎に包まれたのは敵だけだ。周囲の建物や怯える人々には何一つとして被害がない。


更にそれをサポートする方の騎士も見事だった。
炎から人質を地の防御技で守り、以後は周囲の建物を火の粉から守っている。

(すごい!どういう範囲の広さだ…)

人々だけでなく建物さえも守る防御壁は呆れるほどの広さで張り巡らされている。ラーディンが千の壁を築くという意味で『千壁』の異名を持つということは知っていたが、真実とは思ってもいなかった。シェイも士官学校で印の術を習っているが、複数の建物を守るほど巨大な防御技は見たことも聞いたこともない。同級生は目の前に楯サイズの防御壁を作る程度の技を使う程度。そんなレベルしかシェイは知らなかった。
ゾクッと背筋が震える。

(これが近衛騎士……隊長クラスの実力……)

雲の上の人物たちだと思っていた。
噂で聞く程度しか知らなかった。
それでも十分凄いと思っていたのに、実際に目の当たりにすると驚く。目が離せない。目の前で起きる印の術の鮮やかさに、ただただ見惚れるばかりだ。

頭部ほどの大きさの炎球を複数生み出して、正確に操るカイザード。
そして驚くほど広い防御陣を築くラーディン。
だがこの二人は大隊長位。つまり更に上がいるのだ。
第一軍には銀翼のフェルナンと紫竜の使い手スティールがいる。彼等は目の前の二人より高位だ。
ならば彼等は最低でも目の前の二人と同レベル、もしくは更に上のレベルなのだろう。

(敵わない……)

シェイはそれなりに成績がいい。故に近衛にも推薦されるかもしれないと自信を持っていた。その自信がことごとく打ち砕かれた気がした。
やがて殲滅作戦は終わり、シェイはラーディンに声をかけられた。

「待たせたな。念のために家か寮まで送っていくがどこだ?」
「そ、そのまえに友達を助けたいんですっ」
「友人?」
「……」

どう説明しようかシェイは迷った。士官学校の教師達でさえ、自業自得だと助けてくれなかった。それも当然だろう。麻薬を使ったのだから校則どころか法律違反を犯しているのだ。そんな友を厳しい戒律の中で生きている近衛騎士が助けてくれるとは思えない。
黙り込むシェイにラーディンは声音を和らげた。

「その友達を助けるために歓楽街まできたのか?相手は娼婦か?」
「違います。同級生で……」
「同級生?なんでまた…歓楽街にまで来てんだから相当な理由なんじゃないか?」

この人ならば信じてもいいだろうか。誠実そうなラーディンの容姿がシェイの心を動かした。

「クワイの禁断症状で……」

ラーディンは驚いたように眉を上げた。
「クワイの……まさかあの生徒か?銀髪の痩せた子か?」
「ウィダーをご存じなんですか?」
「あぁ。あの子か…確かに依存性が高そうだったな。あいにく俺は詳しくないが、知り合いに薬師もどきがいるというか、詳しいヤツがいる。相談してみよう」

シェイは藁にも縋る思いで頷いた。