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◆闇の手(5)


王都には大小複数の歓楽街がある。ラーディンはそれらの歓楽街を分担して調査していた。

(やっぱ……やりづらいな……)

ラーディンの担当となったのは西の歓楽街である。
歓楽街は治外法権のような要素を持つ。官の眼が届きにくく、人の持つ闇や欲望といった要素を持つのが歓楽街だ。暗黙の了解で取り締まりの手から逃れている。

『どうせやるなら徹底的に。取り残しは新たな種となり、芽を生む』

フェルナンはそう言って、殲滅を命じた。

『軍にまで普及しかけているのを放置するわけにはいかない。甘い汁を吸わせすぎたのも確かだしね。この辺で完全に叩きつぶしておこう。軍は甘いと思われても困るからね』

口調は穏やかだが言っていることは辛辣だ。

『放っておいて腐られても困る。遠慮とか情けとか無用なものは使わず、徹底的に大掃除してきてくれるかい?たまにはあの街も綺麗さっぱりした方がいいだろうからね』

フェルナンはそう言ったが、向けられる眼差しは無言の批判に満ちている。同行している騎士達もやりづらさを感じているだろう。しかし仕事だ。やらないわけにはいかない。




そのとき、シェイは歓楽街の一角にいた。クワイを探して買おうとしていたのだが、方法がわからず、うろうろしていた。歓楽街へ来たのも、こういう場所ならありそうだと思っただけにすぎない。シェイの読みは当たりだったが、状況が悪かった。騎士が調べている最中だったのだ。

(なんなんだよ)

シェイが歓楽街へ来た途端、いきなり騎士達が大勢やってきて騒ぎになった。漏れ聞こえてくる会話では踏み込んできたのは第一軍だという。

(何で軍人が歓楽街に来るんだよ)

貴族でさえ、歓楽街には深く関わらない。古くから暗黙の了解で歓楽街は治外法権なのだ。ヘタに手出しをしたら大きな反発を買う場所。ゆえに軍が踏み込んでくることもなかった。

(早く立ち去ってくれないとウィダーが…)

そう思いつつ、路地の隙間から大通りを覗くと視線の先に若い騎士の姿が見えた。
隊長クラスの制服を身につけている癖に一人きりで突っ立っているため、よからぬことを考えた男達に取り囲まれている。一触即発の雰囲気に、恐る恐る様子を伺っていた野次馬達にも緊張が走る。
抜かれた複数の刃。幾ら騎士でも一人きりでは殺されるだろう。そう思ったシェイの予想は外れ、複数の刃は騎士の周囲に張り巡らされた障壁に塞がれて弾き飛ばされた。

(土の守り!?見えなかった!?)

いつの間に発動されたのか。印が発動するときは光を放ち、発動までのタイムラグがあるものなのに、それが全く判らなかった。一瞬で発動させる者など士官学校の印授業を担当する教師ですらいない。

「あーあ、やられちまってる。相手が悪ぃな」
「あぁ。ありゃ第一軍の千壁のラーディンだろ」

近くでシェイと同じように眺めている男達が呟く。シェイはその呟きで初めて相手が有名な人物であることに気づいた。遠目だったので気づかなかったのだ。
確認しようと路地から更に体を覗かせる。目があったのは一瞬だった。その一瞬で体を拘束される。大地から生えてきた土の腕に足を捕らわれたのだ。

「うわ!」
「士官学校生じゃないか。何でこんなところにいるんだ?」
(この人、一体どういう目をしてるんだ!?)

ちょっと体を覗かせただけで気づかれるとは思わなかった。しかも数人の男達の相手をしていたのだ。野次馬達も多い。そんな状況でシェイに気づくとはどういう注意力なのか。
逃れようとしたが軽々と肩に担ぎ上げられた。高い。身長は180以上あるのだろう。

(信じられない!!)

まだ成長期途中とはいえ、人並みの体格であるシェイを軽々と担ぎ上げるとはどういうパワーなのか。いろんな意味で唖然としていると、ラーディンの元へ部下達が駆けつけてきた。

「よし、こっちは終了だ。カイザードのところへ行くぞ」
「ま、待って、離してくれ!!」
「却下だ、大人しくしてくれ。そもそも士官学校生が何故こんな夜更けに歓楽街を彷徨いているんだ?野暮用だとしても状況が悪すぎる。不運だと思って諦めてくれ」

暴れたが脱走を許してくれそうな気配はない。シェイは歯噛みした。ウィダーが助けられない。今、一人で苦しんでいるだろうに。

(ウィダー、すまない!)

無力な己が悔しかった。




カイザードは酷く不機嫌だった。
仕事内容も気にくわなければ、場所も気にくわなかった。
人々の欲望が集まり、数々の悪事が秘された場所。非難の眼差しや陰口も鬱陶しいが、それ以上に怒りを感じるのだ。

「……面倒だ」

追いつめられた男達は一つの娼館へ人質を連れて立てこもった。
どうしようかと思っていたとき、西側を担当していたラーディンが駆けつけてきた。あちらではトラブルもなく、時間短縮できたらしい。

「好都合だ」