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◆闇の手(2)

大国ウェリスタの中でもっともレベルが高いと言われるのが近衛軍である。
中でも近衛第一軍は、名の知られた騎士が多いため、近衛五軍の中でも一番人気が高いのではないかと言われている。
スティールは若くして副団長まで登り詰めた有能な騎士である。四つの上級印持ちであり、武具が紫竜という七竜の一つであるため、大変名の知られた人物である。
その身に秘める大きな能力と若くして築き上げた戦功は、誰もが知っているほど大きい。そして将来騎士を目指す子供達にとってスティールは憧れの存在だ。
しかしスティールの顔を知る者は、彼の知名度を考えると驚くほど少ない。
理由は簡単。容姿に特徴がなく、ごく平凡な目立たぬ容姿だからである。
加えて彼の周囲によくいる人物達が目立つ外見をしていることが、そのことに拍車をかけていた。
しかし特に目立ちたいと思わぬ当人はそのことを好都合に思いこそすれ、不快には思っていなかったのである。


第一軍本部内の食堂でスティールは食後のコーヒーを飲んでいた。
目の前には軍団長であり、スティールの相手の一人であるフェルナン。
両隣にはカイザードとラーディン。
そして情報部の数少ない女性軍人リリアが同じテーブルについていた。


「……クワイ…?クワイって言うと魔の葉って言われる麻薬の?」
スティールが確認するように問うとリリアは頷いた。
清楚さを感じさせる外見にアンバランスにも思われる大きな胸を持つリリアはファンを多く持つ女性だ。しかし外見とは裏腹に彼女は有能でしたたかな女性である。見た目通り大人しい女性ならば、男所帯とも言える軍になど入団するわけがない。男顔負けの行動力と才覚の持ち主なのだ。

「最近、王都に急速に広まっているという噂があります。元々クワイは育てやすくて増やしやすい麻薬なので、もっとも身近な存在ではあるんですけど、その広まり方の早さが問題なんです」
「それは困ったね。今のうちに手を打たないと王都の外にまで広がってしまいそうだ」

その通りなんですとリリアは頷く。

「大人だけでなく、子供にまで広まりつつあると言われています。軍の末端や仕官学校生にまで広がってるとか…」
「士官学校にまで?それは困ったな…」

大人ならまだしも子供にまで…とスティールは顔をしかめた。

「よく調べてくれたね、リリア」

スティールが笑顔を向けるとリリアはポッと顔を赤らめる。

「仕事ですから。当然のことですわ」

言いながらも嬉しそうな様子にスティールも笑みが深まる。その様子を両脇のカイザードとラーディンが不機嫌そうに見ていたがスティールは気づかなかった。
そしてリリアが去っていき、殆ど無言だったフェルナンが口を開いた。

「背後に組織的なグループがついている可能性が高いだろう。早急に調べる必要がある」
「そうですね。…しまったな、リリアに頼めばよかった」

追おうかとスティールが立ち上がりかける。カイザードとラーディンが引き留めた。

「あの子にばかり頼むことはないだろうが。俺たちでもやれる」
「そーそー。女じゃねーと情報が入手できねえってわけでもねえんだから」
「そうだ。まかせておけ」

なにやら妙にやる気いっぱいである。しかもリリアへの対抗心まで感じられる。

「けど、情報収集は諜報部の方が…」
「心配するなって。敵に勘づかれるようなへまはしねーから!」
「その通りだ。任せておけ」

だからなんでそんなにやる気なんだとスティールが問いただす暇もなく、カイザードとラーディンは去っていった。

「……なんなんだろ?」

困惑するスティールにフェルナンは小さく笑った。

「まぁ任せておいたらどうだ?今は急ぐ仕事もないし、彼等ならこれぐらい片手間で調べられるだろう。何、やる気を出している分、すぐに調べてくれるさ」
「はぁ…それじゃかまいませんが…」
「ところでスティール。私は夕刻の会議まで時間がある。君も先ほどの書類を提出したら一段落つくだろう?」

直接的な言葉はなくとも、フェルナンの意図するところは明らかだった。
年上の相手からの色気たっぷりのお誘いに抗えるほどスティールは欲がないわけではなく。
花の蜜に誘われる虫のごとく、スティールは頷き返していた。