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◆指針(3)


「俺、ティアンのような能力がよかったな」

羨ましいと思っていた矢先にそう呟かれ、ティアンはムッとなった。

「どこがだい?後方支援なんて普通は目指していくような場所じゃないじゃないか」

珍しく感情的になったティアンに気づいたのだろう。ぼんやりしていたスティールが目を見開く。

「あ…ごめん。八つ当たりしちゃった」

ティアンは己の言動にすぐ後悔したが、スティールは気を悪くした様子はなかった。ちらりと窓の外を見つつ首をかしげた。

「いや、いいよ。けど本音なんだ。俺、薬師の家系に生まれたから治癒が得意だ。武術も頭もよくないから、本気で後方支援に行くつもりだった。…邂逅の儀まではね」

確かにスティールは劣等生だった。あの成績では最前線など望んだところで無理だっただろう。足手まといになるのがオチだ。そのことを思い出し、ティアンは納得した。

「最前線なんて血なまぐさい。成績も最低の俺が行くところじゃないよ。今もそう思ってる」

ティアンはちょっと驚いた。ではどこを目指しているのか。

「どこを目指すの?」
「ん?目指してるところはないなぁ。けど俺が行く場所が後方支援じゃないのは確かかな。カイザード先輩次第だよ」
「先輩次第?」

うん、とスティールは頷いた。相変わらず視線は窓の外に向いたままだ。釣られて窓の外に視線を向けるとグラウンドには一学年上の生徒達が集まり、模擬戦を行っていた。その中に木製の模擬剣を片手に語っている目立つ二人組がいる。紅の髪と蒼い髪の二人組。この学校内で特に人気の高いペアだ。
その二人に視線を向けたままスティールは告げた。

「あの人が目指す場所を俺は追うよ」

紅のカイザードはスティールの運命の相手の一人だ。複数印の持ち主であるスティールは印の数だけ運命の相手がいる。炎の印の相手がカイザードだ。文武両道の彼は近衛軍入りが間違いなしと言われる逸材だ。

「…ラーディンはどうするの?」

ラーディンもスティールの運命の相手だ。地の印を持つ彼もまた優等生だ。望めば近衛軍入りも可能だろう。スティールの相手はいろんな意味で能力の高い者達ばかりだ。
スティールは軽く瞬きして笑んだ。

「連れていくよ。…ラーディンも残るとは言わないよ。俺たちは一緒に歩むんだ」

迷いのない言葉だった。すでに決めているのだろう。
スティールの視線の先で、スティールに気づいたらしいカイザードが笑んで手をあげている。普段は相手という以外、接点のなさそうな二人だが、スティールが迷い無く告げたということはちゃんと将来を見極めているのだろう。

(ちゃんと考えているんだ…)

スティールは目立つタイプではない。むしろその逆だ。
いつもぼんやりしている。授業中だって同じような雰囲気だから、いつも寝てるんだか起きてるんだか判らないと陰口をたたかれていることもある。
容姿も平均的。中肉中背で、無造作に結んだだけの髪に寝ぼけた雰囲気で、大勢の中に埋もれそうなタイプだ。
そんなスティールだから、憧れの上級生を射止めたとき、皆にとても羨ましがられた。評価も紫竜を持っているから、当然だという意見と、似合わない、宝とゴミだ、神々は不公平だという意見にまっ二つに分かれた。後者の意見が圧倒的だったのは言うまでもない。
その上、劣等生のスティールが射止めたことで、嫌がらせに出る者もでた。ところが、その人物は当のカイザードに激怒された。

(あれは別の意味で衝撃だったなぁ…)

場所は校内の食堂だった。
寮生のスティールは食堂を無料で使用できる。普段はティアンたちと食堂を利用することが多い。たまたま上級生がスティールに絡み始め、スティールは困惑顔で無視していた。そこへタイミング悪くカイザードがやってきたのだ。
スティールの首へ腕を絡ませて絡んでいるのを見たカイザードは別の意味に解釈したらしい。その上級生の襟の後ろを掴んで乱暴に突き飛ばした。

『てめえ、俺のスティールに何してやがる!!ラーディンならまだ許してやるがな!!こいつは俺のだ!!』

いつも遠目にしか見たことのない憧れの先輩の一面を見て、ティアンは驚愕した。他の生徒達も同様だったのだろう。目を丸くしている。驚いていないのはスティールと碧のラグディスだけだった。

『カ、カイザード、けどこいつ、全然お前に相応しくないじゃないか、だから俺は…!』
『あぁ!?どこが相応しくねえんだよ。テメエの目は節穴か!?大体そんなことテメエに決められる筋合いはねえ!俺が決めることだろうが!』

見惚れるような綺麗な顔、性格も優等生だけに冷静なタイプに見えていた。しかし驚くほど荒っぽい言動にティアンは目を白黒させた。しかし、燃える炎のように色鮮やかな髪に相応しい気性のような気もして、ティアンは妙に納得した。
更に蹴りを入れようとしたカイザードを止めたのはスティールだった。

『先輩、それぐらいで結構です』
『あぁ!?そもそもテメエが馬鹿にされてんだぞ、判ってんのか!?』

己に矛先を向けられてもスティールは平然としていた。成績の悪いスティールは馬鹿にされることになれている。カイザードに不似合いだと言われても今更だった。

『気にしません。俺らを結びつけたのは運命です。他人がどう言おうとどうしようもできません』
『…運命か…それもそうだな』
『それより食べましょう。昼休みが終わっちゃいますよ』
『おう。お前何食べた?』
『普通に日替わりランチですが…』
『じゃ、俺もそれにする。行こうぜラグディス』
『あぁ』

去っていった二人を見送り、ティアンは同じ席のラーディンとスティールを見た。

『…いつもあんな感じ?』

ラーディンはティアンの問いに困惑顔だった。彼もまた驚いていた様子なので知らなかったのだろう。案の定、返答は困惑気味だった。

『いや、俺もよくわかんねえ…』

スティールはあっさりしていた。

『うん、あんな感じ』
『そうなんだ……ちょっと怖いね…』

問答無用で床に突き飛ばすとは相当に短気だ。あれほど気性の荒い人とは思わなかった。
しかし、スティールは気にした様子がない。慣れているのか、気にならないのだろうか。

『うん?いや別に…いつもああだし…』

気にならないらしい。
一方のラーディンはしかめ面だった。

『スティール、お前は俺の相手でもあるんだ。一言あの人に言っておいてくれ。なんだよ、俺のスティールって。先輩だけのじゃねえんだから…』

ラーディンにとってはそこがポイントだったらしい。

『あー、うん…』

二人に挟まれてスティールも大変だな、とティアンはちょっと同情した。今までは羨ましいばかりだったが、こういう場面を見ていると、いいばかりじゃないんだなと思うティアンだった。