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◆指針(4)


(なんだか敵わないよなぁ…)

ティアンはそう思う。
今まで劣等生だったスティールは印を持ってから一気に立場が変わった。
憧れの先輩と仲の良い親友を運命の相手に得て、四つの上級印を持つ類い希な能力者となった。おまけに武具は紫竜。この大国でもただ一人の存在だ。
誰もが羨ましく思えるその立場。スティールは自然とその運命を受け入れ、泰然としている。
そんなスティールを見てティアンは思うのだ。自分だったらスティールのようにいられただろうかと。舞い上がって自分を見失ってしまっていたかもしれない。逆に運命の大きさに押しつぶされてしまったかもしれない。いずれにせよ、自然体ではいられなかっただろうと思うのだ。
しかし、スティールは変わりがなかった。そこが彼の器の大きさなのかもしれない。

『喋るんだよ』

類い希なる武具を得て、スティールが告げた感想はただそれだけだった。
紫竜のことより親友のことを気にしていた。
今思えば、だからこそスティールなのかもしれないと思う。
類い希なる武具を得て、名誉だの出世だのを意識するようだったら紫竜に選ばれなかったのかもしれない。王都士官学校は国内の士官学校でもトップレベルの高さを誇る。故に軍のエリートを目指す者の集まりだ。地位も名誉も関係なく、親友の方を重んじることができる者は一体どれぐらいいるのだろう。少なくとも『いらない』と言い切れる者はいないだろう。でなければ危険職の軍人などあえて目指す必要はないのだ。

一度、カイザードが相手であったことをどう思うか問うたことがあった。
スティールは少し考え、そして天井を見上げた。

『年上なんだよね』
『だから?』
『いや、それだけかな。学年が違うと時間が取りづらいから、そこは意識しているよ。ラーディンとは一緒の時間が長いけど先輩とはそうはいかないから』

公平に扱うことを意識しているらしい。
少なくともその言葉に相手が憧れの先輩であることを意識していることは感じられず、ティアンは感心した。自分だったら緊張しまくっただろう相手。しかしスティールはそこのところは全く意識していないらしい。

(今までスティールの何処を見ていたんだろ)

全然気づかなかったスティールの一面。
そんな部分にずっと気づけなかった己の未熟さを思い、ティアンは自己嫌悪した。
考えれば考えるほど自分が嫌になるのだ。

(もっと違った能力だったらよかったのに…)

スティールのように複数印持ちだったらとは言わない。
けれど、ラーディンのように軍人に向いた大柄な体だったり、炎や風のように闘いに向いた力だったら別の道もあったんじゃないかと思うのだ。
けれど、もしスティールが自分と同じように小柄で緑しか印を持たなくても、彼は己の運命をそのまま受け入れただろうと思う。そんな潔さと無欲さがティアンは羨ましい。考えてもしょうがないことだと判っているが考えてしまう。それで自分の欲深さを思い、また自己嫌悪してしまうのだ。


どうすることもできない自分の心を持て余し、ティアンは悶々として過ごした。
そんなある日、スティールが珍しく言いづらそうな様子で話があるとやってきた。

「近衛第五軍の副将軍に就いたシード将軍を知ってる?」
「いや…知らない」
「後方支援担当の将軍なんだって」
「後方支援担当?それで副将軍だって?」

ティアンは驚いた。後方支援は補佐が中心だ。出世できるような華々しい活躍は望めない。故に後方支援で副将軍まで出世した例は聞いたことがなかった。

「…ものすごく頭が切れる人らしい。頭脳だけで出世したタイプというか…まぁ似た例は第二軍の軍団長ニルオス将軍も同じだけれど、この人は戦術のプロらしいね。シード将軍はね、とにかく堅実にどんな仕事も完璧にこつこつこなした人らしい。それを現将軍のアルディン将軍に認められて、副将軍に抜擢されたそうだよ」
「…へえ…」

心が浮き立つ。今まで望めなかった夢が叶うような気がした。

「……第五軍に行く?俺…ティアンは一緒に第一軍に来てくれたらなって思ったんだけど、後方支援を学ぶなら第五軍が有利かもしれないね」

ティアンは驚いた。

「第一軍?何で?」

ティアンが問うとスティールは軽く眉を寄せ、ベージュ色の髪を掻いた。

「第一軍になりそうなんだ。俺はこだわりないから何処でもいいんだけど…」

カイザード先輩がらみか、とティアンは気づいた。カイザードは一学年上だから、進路に関しても彼の選択が重視されるのだろう。

「スティールはホントにそれでいいの?スティールにも決める権利があるんだよ?」

スティールはティアンの問いにちらりと視線を小手に落とした。紫竜が変化した小手は常にスティールの手にはめられている。

「鍛冶師は軍人辞めてからでも出来るしね」

思わぬ言葉にティアンは驚いた。

「鍛冶師?」
「うん。ドゥルーガは俺を鍛冶師にしたいんだって。まぁ軍人より堅実な職業だし、それもいいかなって思ってる。けど今は軍人が第一希望かな。カイザードとラーディンに付き合って軍人やるのも……まぁ運命の一つじゃないのかな。彼等が目指す道を一緒に進むのも悪くないって思うんだ。彼等が俺は好きだよ。だから支えたいし一緒に歩きたい。それが理由じゃ駄目かな?」

彼等が好きだから同じ道を。
そう告げるスティールにティアンは納得した。確かにそれも選択の一つだろう。たとえその道を選んだのがスティールではなくても、同じ道を歩むと決めたのは確かにスティール自身だ。

「そっか……なんだか羨ましいな」

そうかい?とスティールは笑った。

「じゃあティアンも一緒に行こうよ」
「え?」
「ティアンも軍人志望じゃないか。俺たちと同じ道だよ。第一軍は嫌かなぁ?」

後方支援なら第五軍がいい気がして、迷ってるんだけど、とスティールは苦笑した。

「うーん……考えさせて。けど前向きに検討するよ」

第五軍へ行き、後方支援のプロとして進むのもいいだろう。副将軍にまで上がった人物の元ならきっと鍛えてもらえるに違いない。しかし親友に差し出された手を取るのも悪くない。スティールたちと歩む道は辛くても越えられる気がする。
明確に見えてきた将来の道を前にティアンは目を閉じた。

(…うん、悪くない)

後方支援はあまり気乗りではなかった。けれど、これが己の道であるならば受け入れよう。どんな道も自ら選んで信じて進めば、切り開ける。運命は受け入れることなのかもしれない。それを教えてくれたのは目の前の親友だ。いつも自然体で運命を受け入れた彼。その態度は常に泰然としていて、器の大きさを感じさせた。

(ついていこうかな)

まだ知らぬ副将軍の元へ行くのもいいけれど、今はまだ目の前の親友を信じてみたい。
彼の行く道を見てみたい。


<END>


友人ティアン視線のスティール話。
シリアスもいいですが、ほのぼの日常話が好きです。