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◆白夜の谷(12)


一方のスティールは最初からガルバドス軍の最前線にいた青竜と対峙していた。
谷はとにかく暗くて寒かった。
冬場、しかも何日も日が照っていない地とあり、大地は凍り付いている。
しかし、全く見えないというわけではない。日没寸前のような薄暗さが漂っている。
闇の中、ぎらぎらと瞳を輝かせる青竜の眼差しがひどく不気味に浮かび上がっている。
そしてバチバチと雷を纏う小竜の輝きがとても頼もしく見えた。
ドゥルーガが纏う雷のおかげで周囲が照らし出され、地形などを把握することが出来た。

とにかく先手必勝なのだ。
毒や酸を吐かれてはこちらが死んでしまう。その前にけりをつけなければならない。つまり近距離戦ではダメなのだ。遠距離戦。それも超遠距離戦だ。
そして大蛇を吹き飛ばすためにはそれ相応の大技が必要となる。

「行くぞ!!」

まずは印の力を必要としないドゥルーガが複数の電撃球を青竜ディンガへ向かって放った。
ディンガは確実に使い手であるレンディを守るために行動するだろう。その時間がスティールにとっては重要となる。大技を奮うための時間稼ぎになるのだ。
予想通り、ディンガが電撃を防ぐように酸を放つ。しかし、完全には防ぎきれなかったようで、山のような巨体が揺れた。

「スティール!!」
「行けます!!」
「行け!!風華陣(ライ・ガ)!!」

風と炎の上級合成印技、風華陣(ライ・ガ)は、火花を放つ巨大な旋風だ。つまり移動する技であり、敵を吹き飛ばしたい時には使いやすい。
スティールは風の印を持つフェルナンと合成印技を放った。スティールが準備した炎にフェルナンが風を交えて敵陣へと放つ。
スティールが印を準備する間に敵も気付いたのだろう。妨害する力を感じたが、今回はこちらの方が技を完成するスピードが早く、勝利することができた。スティールは少々手間取るが卓越した印の使い手であるフェルナンは一瞬で技を完成させてしまう。その差が顕著に表れた。
火花を飛ばしながら敵陣へ飛んだ風華陣(ライ・ガ)に巨大な大蛇が体当たりするように動く。さすがの上級印技も山のように巨大な大蛇の妨害を受けて派手に飛び散った。
しかし、大蛇も上級印技の直撃に無傷とはいかなかったようだ。大きく揺らめく。

「チャンスだ!!」

その隙を見逃さなかったのはドゥルーガだ。空中にバチバチと大きな雷撃球を生み出す。
人間の頭部ぐらいありそうな雷撃球を生み出したドゥルーガは容赦なくその雷撃球を敵陣へと飛ばした。当然ながら目標はディンガが庇っている使い手レンディだ。
その電撃球はディンガの巨体によって打ち消されたが、ドゥルーガは次々に雷撃球を生み出して、飛ばした。
その間にスティールは次の印を用意した。

『チッ、レンディ掴まれ!!』

印の力を感じ取ったディンガの声が聞こえたが、スティールは構わず技を放った。

「炎蜘蛛陣(リ・ジンガ)!!」

スティールが放った土と炎の上級印技『炎蜘蛛陣(リ・ジンガ)』は地面を打ち砕きながら地中から炎を放つ技だ。そして射程範囲が広い。
途中で印を解除しようとする動きを感じたが、スティールの方が勝った。大蛇を巻き込む範囲で大技が放たれる。
大蛇が炎に巻き込まれる様子を見て、スティールは手応えを感じた。

(殺ったか!?)

「トドメを……」
「危ない!!」

闇の中、予想外に飛んできたのは複数の短剣だった。その剣にフェルナンが腕と足を貫かれる。

「グッ!!」
「フェルナン!!」
「くるな、スティール!」

慌てて駆け寄ろうとしたが、フェルナンに制止される。
そのおかげで間一髪、飛んできた短剣を避けることができた。
あと一歩踏み出していたら、首に突き刺さっていたことだろう。

「なっ…!」

山のような大蛇にしがみつきながらこちらを睨み付けるレンディの姿が見えた。
『炎蜘蛛陣(リ・ジンガ)』の直撃を受けながらも剣を放ったのだ。

(レンディはこんな闇の中でも正確に見えるのか?)

彼は個人としての戦闘力も優れているというが、合成印技を食らいながらも動けるとは思ってもいなかったスティールは驚愕した。
合成印技は破壊力が大きい。特に『炎蜘蛛陣(リ・ジンガ)』はスティールの得意技であり、他の印よりも正確に強く発動することができる。しかし、それでも殺すことが出来なかった。

(でもダメージは受けてる……!!)

大蛇は煤けているが、動けるようだ。
大きく口を開けて毒霧を吐こうとしたところをドゥルーガが雷撃を放って食い止めた。
大蛇の背には使い手であるレンディがいる。大蛇に庇われたおかげで死んではいないようだ。しかし傷ついているようで、こちらを睨み付けながらも力なく大蛇にしがみついている。

「私に構うな、倒せ!!」

手足を貫かれて重傷を負うフェルナンに怒鳴られ、スティールは息を飲んだ。
炎の印を紅く発動させる。

(あと一息だ。使い手さえ倒せば青竜は次の使い手を捜そうとする。ガルバドスを離れる……!)

さすがに大技の連発は疲労する。しかし、あと一息なのだ。
スティールが呼吸を整えつつ印を放とうとしたとき、大胆にも一頭の騎馬がディンガとスティールたちの間に走り込んできた。
勢いよく駆け込んできた馬はスティールをひき殺しそうな勢いで突撃してくる。

「うわっ!!」

慌てて避けようとしたが、それより早く助けてくれたのはドゥルーガだった。
スティールの首の根っこを加えてパッと飛びずさる。

「アスター黒将軍!?」
「チッ!!」

しまった、とドゥルーガが舌打ちする。

「この大技を連発している最中に飛び込んでくる命知らずがいるとは思わなかった!」

同感だとスティールは思った。

完全に虚を突かれた。

スティールは目の前のディンガとその使い手に集中しており、他に気を配る余裕がなかった。
ドゥルーガは別の見解であり、大技を連発している七竜の使い手同士の戦いに割り入ってくる人間がいるとは思っていなかったようだ。
いずれにせよ、敵の援軍を許してしまった。
アスターは技が収束した絶妙のタイミングで割り込んできた。

「坊、退いてろ!」
「アスター!!」
「退いてろ」

油断なく身構えつつ、振り返らずに告げる男はスティールとドゥルーガ相手に全く退く様子を見せない。
さきほどまでの大技の連発を見ていなかったはずがないのに恐怖に怯える様子も見せず、無表情で構えている。
その構えに隙はない。スティールとドゥルーガに勝てると思っているはずがないのに退く気もなく、また死ぬ気もないようだ。そんな悲壮感は相手には見あたらない。ただ、無言の気迫がその身に満ちている。

(ダメだ、飲み込まれては……!!)

敵の気迫に飲み込まれてはいけない。その時点でこちらが不利になる。
しかし相手は長いリーチを持つ優れた武術の使い手だ。強い印こそ持っていないようだが、それを補えるほど体術に優れた将であるとスティールたちは知っている。以前対峙したときは苦戦を強いられた。そのことを忘れてはいない。印使いには最悪の相性を持つ敵なのだ。

レンディが必死に何かを叫んでいるのが聞こえる。目の前の将はその声に端的に答えつつも、こちらに集中している。
嫌な相手だ。白兵戦を得意とするアスターはスティールにとって天敵に近い。
そして突如レンディの声が途切れた。別の援軍が来たようだ。暗闇の中、その人物がレンディを羽交い締めにし、馬に乗せたのがかろうじて見えた。

「レナルド、連れていけ!頼んだぞ!」

アスター黒将軍の声が飛ぶ。

(しまった!!レンディを逃がしてしまう!!)

空中に浮いているドゥルーガは動かない。ディンガを見据えている。
毒や酸を吐かれてはこちらがダメージを追う。それを防ぐために動けないのだ。

使い手が逃れた為にそれを庇うように身構えていたディンガもゆっくりと動き出す。
馬に乗せられて逃れたレンディの姿はもう殆ど視界から消えている。もう倒すのは困難だろう。

「チッ、しょうがねえ。今後のために目の前のヤツだけでも殺して……」

ドゥルーガが呟き、大きな電撃を溜め始めたとき、異変が起きた。
突如、ゾッとするような寒気が走る。そして空中に青白い炎のようなものが見えた。

「え!?あれは……?」
「チッ、闇の技か!!相性が悪い!!」

雷撃球を放とうとしていたドゥルーガが技を解除してスティールを庇うように前方へ回り込む。
その貴重な時間をアスター黒将軍は無駄にしなかった。大きくスティールたちから間をあけて馬へ飛び乗る。
そしてそのままレンディたちを追うように消えていった。