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◆白夜の谷(7)


バン、と壁を叩く音が仮眠室に響く。
簡易ベッドが並んだ奥まで走り、壁を殴ったのはカイザードだ。
駆け込んだカイザードを追って仮眠室へ入ったラグディスは無言で親友を見つめた。

「くそっ……!!」

悔しげに呟く友の気持ちが判る。
危険に身をさらす恋人の力になれぬ己の無力さを身に染みて感じているのだろう。
ラグディスも好きな相手である大隊長のコーザがいつも最前線で指揮を執っているのを見ているので、恋人の力になれぬ無力感が判るのだ。

(青竜ディンガが相手か……)

山のように巨大な青竜を相手にするのだと言い切ったスティールにラグディスは内心感歎した。
複数の国々を落としてきた青竜とその使い手は不敗のコンビだ。その強大なる敵に対峙すると言い切ったのだ。
この大国ウェリスタでもディンガと対峙すると言い切れる者は他にいないだろう。

スティールの迷いのない眼差しはずいぶんと前から決めていたのだと告げていた。
いつフェルナンと話をしたのか判らないが、昨日今日で決めたことではないことは伝わってきた。

『すみません、先輩。俺はフェルナンと一緒に戦います』

スティールへの断りの返答は優しい口調だったが、実質、お呼びじゃないと言っているのと同じだ。それが判ったからこそ、カイザードも悔しがっているのだろう。
そしてそれは恐らくその場にいたラーディンも同じ気持ちだろうとラグディスは思う。ラーディンの手は爪が食い込みそうなほどきつく握りしめられていた。

(だがコーザは全く驚いていなかった……)

食堂にいたほとんどの者が驚いていた中、コーザだけは全く驚きを見せず、むしろ当然だと言わんばかりの顔をしていた。

『誰かが足止めしないといけないんです』
『ガルバドス国と戦う以上、誰かがあの蛇を止めなければならない』

スティールとコーザは異口同音にきっぱりと言い切っていた。
青竜には勝てない、そう思いこんでいた自分たちと違い、二人は以前から止める方法を考えていて、その決意もしていたのだろう。
叶わないと思うと同時に、これが大隊長か、とラグディスは思った。
多くの人間を率い、命を預かる者としての責任、最前線に立つ覚悟、そういったものが自分たちとはまるで違う。
大隊長は将軍の手足となり、最前線で指揮を執る身だ。当然、死亡率も最も高く、敵に一騎打ちを挑まれやすい。
常に生死の境に身を置く彼らは死への覚悟が段違いなのだ。
大隊長位は一騎当千の猛者が集まる地位であり、彼らによって国は護られているといっても過言ではない。
命がけで国を、大切な人を守ろうという行動が二人には現れている。だからこそ、あの巨大な蛇に立ち向かう事ができるのだろう。
あの青竜と戦う。想像するだけで震える行為を現実としているのだ、あの二人は。

(だが怖がっている場合じゃない。あのスティールでさえ恐ろしい決意をしているんだ。このまま、指をくわえて見ていられるか…!)

コーザによき評価をされる男でいたいのだ。このまま、足踏みをしてはいられない。一歩ずつでも近づけるよう努力をしたいのだ。

「カイザード。ガルバドスに動きがあるという情報が入っているのは知っているんだろう?もう日がないんだぞ。こんなところで嘆いている暇があったら訓練したらどうだ?」

ラーディンの方は訓練場へ行ったようだが、とラグディスがわざと煽るように言うと、壁を叩いていたカイザードはピタリと動きを止めた。

「……スティールは……?」
「オルナンさんやコーザ大隊長と共に他の大隊長のところへ行かれたようだ」
「………そうか……」
「嘆いている暇があったら少しでも追いつけるように特訓しよう」

負けず嫌いのカイザードには煽った方が効果があると知るラグディスはわざとそう告げた。
カイザードはグイッと目元を拭うと頷いた。

「やる……!!」
「それでこそ我が友だ」