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◆白夜の谷(5)


近衛軍公舎へ戻るために広い王宮の通路を歩いていたスティールは、吹き抜けとなっている通路で空中に浮かぶ騎士に気付き、足を止めた。
相手は二人。
片方は10m以上高所にある梁にあぐらを掻いて座り、もう片方は腕を組んで空中に立っている。着ている制服は王宮護衛と同じ作りのものだ。

「あの!俺は近衛第一軍大隊長のスティール・ローグと申します。王宮護衛の隊長でいらっしゃいませんでしょうか?」

もしかして、どちらかが王宮護衛の隊長じゃないだろうかと思い、声をかけたスティールに片方の男がふわりと目の前へ降りてきた。
やや長い前髪をした黒い髪に茶色の瞳をした愛嬌のある雰囲気の男がニコリと笑む。年齢は二十代後半だろうか。腕を組んで空中に立っていた方の男だ。

「あいにくハズレ。俺たちは国王直属部隊『偉大なる王の刃(ガルファクス)』の隊員だ」

近くで見ると制服の微妙な違いが判った。マント留めに使われている飾りヒモや装飾の石が違ったのだ。
そういえば優れた印使いによる国王直属部隊があると聞いたことがある。
その隊員は生まれたときから国王のために育てられ、代々受け継がれていくという。
彼らは国王から密命を受けて国内各地で働いていると聞いていたが、スティールが目にするのは初めてであった。
男は口の前に指を立てた。

「これ以上、何も聞いてくれるなよ。俺たちは国王陛下より密命を受ける身。仕事については何も答えられない」

笑顔だが目は笑っていない。
スティールは無言で頷いた。相手が自分の探している人物ではないと判った以上、スティールとしても用はないからだ。
男は再びふわりと空中に浮かび上がると、上の方へ戻っていった。

(風の印かな。滑らかで自然な動き……かなりの使い手なんだろうな)

そんなことを思いつつ、スティールは王宮を後にした。


++++++++++


近衛第一軍公舎へ戻ったスティールはすぐに軍団長であるフェルナンの元へ向かった。
事情を説明するためである。
王宮の厳しい出入りのチェックで時間を取られたために時刻は夕刻になっていた。

「殿下がいらっしゃった?あぁもしかして……銀髪の男がいなかったか?」
「あ、いらっしゃいました」
「やはりそうか。彼はサンダルス公爵家の双将軍の一人、ローウィン殿だ。彼は王族方と仲がよくてね。ウォーレン殿下がいらっしゃったのはローウィン殿に会いに来ておられたのだろう」
「ええと、ローウィン様が第二王子様へ会いに来られていたわけじゃなくて?あ、そういえば制服を着ておられたっけ……。あの方が隊長なんですか?」
「違う。第三王子ファーレン殿下が隊長だ。一応は。ただ、多忙な方で他にも幾つかの仕事を兼務しておられる。実際はローウィン殿と半々で隊長職をやっておられると聞いたことがある。ただ、ローウィン殿も気まぐれな方で王都を留守にされることも多いという。公爵家へ帰省されておられることも多いしね」
「うーん、俺にはよくわからないんですが王宮護衛ってそれでいいんですか?」

隊長職を二人で行うとか、王都を留守にすることも多いとか、近衛では考えられない怠慢だ。

「彼らの血筋故だろうね。第三王子殿下と三大公爵家の直系だから許されるのだろう。あとは王宮という特殊さ故か。王宮内でも危険性の高い外部と接触する箇所はすべて近衛第五軍が担当している。第五軍の守りを突破しない限り、王宮の奥まで到達することはできない。だから大きな問題は起きていない」
「なるほど……」
「あと、ローウィン殿はウォーレン殿下の正妃候補の一人だ」
「ええっ、そうなんですか?」
「ただ、正妃候補は10人近くいる。彼はその中の一人に過ぎない。現在の最有力候補は三大公爵家の一つ、西のディガルド公爵家の姫だ」

王族。特に次代の王となるべき立場にある者は複数の妾を持つ。
むろんウォーレンも立場上、幾人かの妾を持っている。
すでに子も幾人か生まれているが、権力争いを避けるためにも正妃から子が生まれることが望ましい。その為、女性であるディガルド公爵家の姫が血筋的にも性別でも最有力なのだという。

「君を引き抜かれては困るが、リーガがその場にいてくれたのが幸運だったな。殿下とリーガのおかげで何とか移動を食い止められればいいんだが」
「はい」

スティールとしても王宮などで働きたくない。酷く気疲れしそうなのだ。
今日一日で十分という気分である。
近衛第五軍の一部はあんなところで働いているのかと思うと第五軍に同情しそうになった。

(待てよ、第五軍って確か……)

そういえば第五軍はトップが大貴族出身のアルディンだ。副将軍のシードも下級貴族出身だという。
トップが貴族のためか、第五軍には比較的生まれがいい人間が多いとも聞いている。多少、向き不向きを考えて構成されているのだろうか。