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◆白夜の谷(4)


王宮へ入るためには何度もチェックを突破する必要がある。
今回は書状があったため、クリアすることが出来たが、何度も何度も似たようなことを繰り返さねばならないため、王宮へ入るための厄介さを知った。
そうしてようやく通された部屋には国王護衛の制服を着た騎士と貴族らしき青年、そして近衛第三軍将軍のリーガがいた。

「リーガ様!」
「あぁ、紫竜の使い手スティールか。久しぶりだね。何故ここへ?」
「ええと……国王護衛に引き抜かれたと聞きまして、話を聞きに……」

目を丸くしたリーガは険しい顔で傍らの貴族らしき男を振り返った。

「何だって?困るぞ、ウォーレン。どういうことだ?」
「いや……私に言われてもね……。私も初耳なのだけれど……」
「彼の持つ七竜という戦力はガルバドスとの最前線にこそ必要だ。その理由が判らないほどその頭はぼんくらじゃあるまい」
「酷いよ、リーガ。私も初耳だと言っているだろう?私はかかわってないよ」

年齢は二十代後半といったところか。金髪碧眼の穏やかそうな風貌の男はリーガに詰め寄られ、困り顔で頭を掻いた。

「うーん、父上かな?一応、確認してみるけれど……」
「こっちとしては助かるけどなぁ」

そう言ってにやりと笑んだ三人目の男は容姿の良い相手を見慣れたスティールでさえ少し驚く美貌の男であった。
背に流れるストレートの髪は銀。それも銀粉をまぶしたかのようにキラキラと艶のある色をしている。首の後ろで結ばれているが、その髪紐も大粒の青宝石を使用した豪華な物だ。
整った顔に煌めく眼は鮮やかな水色。しかし穏やかさはない。強い意志を感じさせる眼差しをしている。
国王護衛の制服を着ているので、スティールが移動すれば同僚となる男なのだろう。年齢はスティールよりも何歳か上のようだ。背はスティールより少し高そうだが大差はなさそうである。
綺麗な容姿の男はその見目に反し、かなりラフに制服を着ていた。襟元は大きく開いていて、半分ほどしかボタンは止まっていない。マントもかなりルーズに羽織られている。しかしそれが見苦しくみえないのは彼の持つ魅力ゆえだろう。

「よう、初めまして。俺は王宮護衛のような傭兵のローウィン・ユーイレ・ド・サンダルスだ、よろしく」
「え、ええと?」

ちゃんと名乗りを受けたが、職がよく判らなかった。
スティールは差し出された手を握り返しつつ名乗った。

「は、初めまして。近衛第一軍所属のスティール・ローグです」
「お前さんがあのオルスと同じ七竜の使い手かぁ……」
「は?え、ええと……??」

綺麗な指が伸びてくる。
スッと洗練された動きで顎を掬われ、まじまじと顔を覗き込まれて焦った。
近くで見れば見るほど整った容姿の人物だ。全体的な色合いが薄いこともあり、まるで陶磁器の人形が動いているようにも見える。

(フェルナンやカイザードも綺麗だけど……いろんな人がいるもんだな……)

失礼にならない程度に逃れつつスティールは思った。
近寄られたことが不快だったわけではないが、あまりに顔が近づきすぎるのも心臓に悪い。

「うーん、似てるような似てないような……オルスの方がずっといい男だけど、お前さんも何やら侮れない雰囲気があるな。そこが使い手の共通点といったところか……七竜の使い手ってのは奥が深いな」

何やら勝手に納得されているようだがたぶん違うだろうとスティールは思った。
他の竜の使い手がどういった基準で選ばれるのかは判らないが、ドゥルーガの基準は『火と水の上級印を持つ者』だ。しかも鍛冶目的である。他の使い手と選ばれた理由が違うであろうことは確実だ。

「やっぱりオルスの方が好きだなぁ。ま、一番は俺のエルだけど」

どうやら目の前の人物には恋人がいるらしい。
この容姿の良さなら当然だろうと思い、スティールは不思議に思わなかった。
しかし、そうは思わなかった人物がいたらしい。リーガは書類を読みつつ鋭く突っ込んだ。

「君のエルじゃないだろう?」
「それを言うならお前だってお前のオルスじゃないだろうが」
「いいや、彼から届く手紙にはいつも『愛するリーガへ』と書かれているんだよ。私の方が一歩リードしているのは確実だね」
「チッ!」

どうやら両思いじゃなくて片思い状態らしい。
二人のせいで部屋の雰囲気が悪くなり、スティールは密かに困った。
挨拶を終えて帰りたいのだが、ここの責任者は誰なのだろうか。目の前の人物でいいのだろうか。だとすれば挨拶は終わったことになるから帰りたいのだが確認せずに帰るわけにはいかない。
勇気を出して声をかけようとしたとき、リーガの傍らにいた貴族らしき青年が振り返った。

「彼らはいつもこんな感じなんだよ。困ると思わないかい?」
「そ、そうなんですか。ええと……」
「あぁ、君の身柄はリーガにも頼まれたし、父には私から話をしておくよ。確約はできないけれど」
「はっ、はい。ええと……」

青年にひらりと手を振られた。その動きが退出せよという意味であると知るスティールは困った。はたして目的であった挨拶を終えることができたのかどうか判らない。
戸惑うスティールに気付いたリーガが眼を細めて言った。

「スティール、第二王子殿下が退出せよとのご命令だ」
「か、畏まりました!では失礼いたしますっ!」

スティールは慌てて敬礼をして部屋を飛び出した。まさか目の前の貴族っぽい人物が世継ぎである第二王子であるとは思わなかったのだ。

「うう……何だかよく判らなかった。あの中の誰が『王宮護衛』の隊長さんだったのかなぁ……?そもそも隊長さんはいらっしゃったのかな?」
「さぁな」

当然といえば当然だが、そういったことに関心のないドゥルーガの返答はひどく素っ気なかった。

「うう、あとで叱責されなきゃいいんだけど……」

何度もチェックを突破してようやくたどり着いた王宮護衛の詰め所だったというのに、目的が果たせたのかどうかもわからないままだ。
一体何のために行ったのかと思わずため息を吐くスティールであった。