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◆白夜の谷(3)


「おおい、隊長。困ったことになったぞ」

訓練を初めて数ヶ月後のことである。スティールは頼れる副官オルナンの困り顔を見て、珍しいなと思った。このベテラン騎士は滅多に困り顔をしないのだ。

「王宮から引き抜きが来た」
「……王宮?」

王宮内の護衛は二つある。
一つは近衛第五軍の一部隊。
もう一つは近衛軍とは別の組織であり、国王直属となっている。
王宮内は広い。
その中で通常の官や貴族が行き来するような、外部と接触するところは近衛第五軍が守り、入るのに厳しい許可がいるような最奥の後宮内や王族の側近くに仕える場は王宮内の専門護衛が守っている。

「第五軍に移動ってことですか?」
「違う。王宮護衛の方からの引き抜きだ」
「ええと、王宮護衛は生まれがよくないと無理だったような……?」

王宮だけを守る専門部隊である王宮護衛は貴族の子弟が多い。
家を継げぬ次男や三男などが比較的多く、実力よりも血筋を重視して選ばれている。
入隊も面接と形ばかりの実技試験のみで、士官学校卒業生はほとんどいないという。
ようするに、『最前線に出られては困る』という生まれや立場の者が就く職なのだ。
むろん、生まれがよくともそういった仕事を嫌い、あえて近衛の方へ就職する者もいる。第五軍将軍アルディンや第三軍将軍リーガなどがその例だ。しかし、完全に少数派である。
近衛軍は実力重視であるため、温室育ちの坊ちゃまたちでは希望しても受からない者も多いのだ。
王宮護衛は完全に貴族のための職だと思っていたスティールは戸惑った。
オルナンは苦笑し、首を横に振った。

「王宮護衛は貴族中心であるが、大隊長クラスの実力派も混ざっている。いざというとき戦える者がいないと話にならないからな」

貴族の子弟中心ではあるが、実力派も混ざっている。
そしてその実力派はベテランが多いという。
最前線で戦った経験のある、中隊長、大隊長クラスの経験豊富な騎士が引退前までの何年間か就くパターンが多いのだそうだ。

「実際は王宮の奥深くじゃ危険性は滅多にないが、最前線で戦った経験がある隊長クラスの騎士はいざというときに戦えるからな。良い人材なんだ。そして王宮護衛は給与がいい。退職前に移動で行けば、退職金が跳ね上がる。そのため、退職前に2,3年ほど移動して働くパターンが多いんだ」

もっとも、王宮で働くというのは気疲れも多い。平民出身ならば尚更だ。
そういった面倒を嫌って、引退前の移動を拒む騎士も多いという。

「お、俺はまだ若いんですが……」
「もちろんお前さんは例外だ。恐らく『七竜の使い手』ってことで選ばれたんだろうなぁ……」
「こ、困ります!」
「もちろんこっちも困っている。フェルナン将軍もどうにかして断ろうとなさっているようなんだが、今回は国王命令らしくてな……断るのは厳しいだろう」
「ちょ、勅命なんですか……」
「ともかく一度、挨拶に行ってこい」
「は、はいっ」